第十二話 ※若干暴力表現があります。苦手な方は注意。 もぞもぞ…もぞ… 簀巻きに近い状態でぐるぐる巻きにされた体を必死に動かしはしても、早々に抜け出せないようしっかり結わえてあるのかまったくもって緩みもしない。 まさか、馬泥棒が白昼堂々城の中に入ってきてまで働くなんて誰が考えただろう。 話を聞く限り、狙いは武田騎馬軍の一手を担う騎馬の入手。 しかも、同じような栗毛馬で上田の街に入り、それをこっそり入れ替えて連れ出すとか、手馴れているとしか言いようがない。 多分この人たちは同じような手口でやらかしている人たちなんだろう。 実際、私が今麻袋らしきものをかけられて行く道中も人の声がひっきりなしに聞こえてくる。 つまり上田の街を堂々と散策中なのだ。 悔しいけれども、誰もが乗れる馬を育てるという事が半ば仇になる形で、とてもよく言う事を聞いているのがとても悔しい。 こんな泥棒なんかの言う事なんて聞くことないのに! ふぬーと猿轡をかまされた口を踏ん張りはしても、到底すぐに外れるものじゃない。 がじがじしても緩みもしなければ、体力温存のために今は大人しくしておくべきなのかもしれない。 多分、暴れて下に落ちれば忍隊の人が助けてくれるのは分かっているのだが…。 盗まれた馬が一頭だけじゃないのだ。 私が確認しただけで6頭…もしかしたらもっといるかもしれない。 どこか、おそらく国境近くで落ち合う場所があるんだろうけど…その場所まで大人しくしておかないとまんまと馬を国外に連れ去られてしまう! それこそ宗秀さんが丹精込めて育てた馬が、他国に二束三文の値段で売られるなんて、はらわたが煮えくり返る! 唯一の計算外は私がぶち子を連れに戻った時に鉢合わせしてしまったことで…。 じくじくと殴られた鳩尾が今になって痛んできた…。 くそう、おなかに青あざまでこさえさせて! 絶対に許さないんだから!! 馬から落とされて踏まれればいいのに! 憤慨!と猿轡をがじがじうっかり噛んで体を動かしたのに、泥棒も私が目を覚ましたことに気が付いたのか背中にだんと衝撃が降りてくる。 「っ!!」 息が一瞬詰まる。 猿轡と折り曲げるように麻袋に詰められているせいで、しばらくうまく呼吸ができなかった。 私に対して動くなよってことなんだろうけど…そんなことしたら馬が吃驚するでしょうが!! 馬の扱いがなってない!と心の中で憤るものの、これ以上暴れて叩かれたりしたら、馬が混乱してしまう。 ただでさえ人の多い街中を闊歩しているのだ。 若干興奮気味の鼻息が心配だった。 しかし…どこへ向かっているんだろう…。 町の中をうろうろしているようで喧騒は常に絶えない。 あ、さっきの掛け声は真田さんがいつも買いにいくお団子屋さんの店主さんの声だ。 お祭りに張り切ってるらしくて、朝早くに準備をするために前日から店を閉めていたって忍び組の人が言っていたのを覚えてますよ。 彼が店を離れるわけがないから、今はお団子屋さんの近くなんだろう…。 えっと、お団子屋さんの場所は…上田の街から南の門前町に通じる街道に入る手前だったから…。 そのまま上田を出るつもりなんだ! てっきり上田の街で合流するかと思っていたら、町の外で合流するつもりで…。 そのまま関を通過するつもり、ってことですよね? どうしよう…。 どうしたらいいんだろう…。 馬を渡すのは本気で阻止したい。 かといってこのまま上田の関を過ぎてしまって他のメンバーと合流されれば、女一人でどうにかできるものでもない。 今ここで、もしくは関で暴れて私がいるのを知らしめておいたほうがいいのか、それとも大人しく付いていったほうがいいのか…。 どど、どどうしたらいいんだろう…。 その時、はふと興奮した馬の息を聞いた。 興奮しきった鼻息に紛れていたけれど、今のは口から吐いた息だ。 若干泡立った唾液の音が絡みつくような…粘つく水音が混じっていたような…。 先程から体に密着している体はすっかり体温が上がっている。 このまま興奮させ続けると心臓に負担を与えかねないし…。 こんな状態で山越えなんてさせたらそれこそ死んでしまいかねない! も、もう自棄だ! 馬と一緒に行きますよ! だから落ち着いてと、麻袋の中でずっと念じ続けた。 ■□■□■□ 忍隊に案内されていった先は神社の境内近く、いくばくか鬱蒼とした杉林の中で、流鏑馬の登場を待ちわびる観客が徐々に集まる声が時折聞こえてくる所だった。 しかしその声も木々が邪魔しているのか、ほんの僅かに道をそれただけでその声が遠くに聞こえる。 逆に言えばそういうところに入らざるを得ない事態になっているのだろう。 例えば賊を捕まえたとか…。 そういう核心を持ってして、は足を踏み入れた。 杉の木の側に腰を落とした佐助と、影に忍隊が数名、あとなぜか栗毛の馬が3頭ほど木に繋がれているのが見えた。 よくよく見れば3名ほど普段着の若者が転がっている。 彼らが賊…なのだろうが、その割りに身なりが小奇麗なのが気にかかった。 「宗秀に言って、いなくなった馬を確認させろ。ったく、祭り当日に一番忙しい人間を借り出すような面倒を起こしてくれちゃって…。」 腕を組んでぶつくさと言う佐助の姿には声をかけながら駆け寄った。 「…さ、…猿飛殿!」 ふっとこちらを見やった顔が同じで、つい佐助と声をかけようとして、慌てて言い直す。 いや、今は彼に対する呼び名などどうでもいい。 佐助もまたわざわざ忍隊を伴ってまで来るの慌てた様子に訝しむように、眉間に皺を寄せて立ち上がった。 在りのまま、落ち着いて話そうと大きく深呼吸する。 自分の思いすごしであるならそれに越した事はない。 だが、ぶち子殿があそこまで息が上がる理由は絶対にある。 それが、例え祭りの当日であろうとも、普段は体を休めるべき場所にあるにもかかわらずの場所だからだ。 はついさっきまで見ていた状況を事細かに、それでいて手短に説明を始めた。 「殿が厩から消えた。馬をここに連れて行こうとした最中だ。おそらくは…、」 「…馬…だと…?」 の言葉を途中で遮った佐助の目が一瞬見開かれ、細くなる。 それを見たとたん、ざわりとの背筋を逆なでするように鳥肌が浮かび、凍りついた。 くるりと振り返ったその顔は確かに平素のものとなんら変わりないのに、先程とは別の警鐘がの背筋を凍らせたままだった。 そんなを気にもせずに佐助がすたすたと歩いていったのは地面に突っ伏した状態の3人の所で。 地面に転がったせいか若干土が着物に付いてはいるものの、やはり小奇麗なままだった。 その中の一人の襟首を掴んだかと思うと自分の目線と同じ高さまで軽々と持ち上げる。 そのまま杉の木に叩きつけたかと思うと、凄みの含んだ低音がの耳に届いた。 「…お前ら、知ってんな?」 その言葉にが今度は彼らを凝視する番だった。 何らかの核心を持って、佐助は彼らをを攫った仲間と見なしたようだ。 視線を他の場所に走らせる。 木に繋がれている馬はとても綺麗な毛艶をしていて、昨日今日手入れされただけではないことが分かる。 普通の民がここまで馬を整えられる技術は早々持っているものじゃない。 つまりそれだけ技術を整った所からつれてきたもので、そういったものをできる場所といえば上田では一箇所しか思い当たらない。 もともとの目当てが、殿ではなく馬だったら? それならばぶち子殿が残っていた事も理由が付く。 上田…というよりも武田軍の軍馬目的ならば、その代表的な色は栗毛だ。 確かにあの厩には栗毛の馬は残っていなかった。 他に武田の馬にしては色のくすんだ薄い栗毛が数頭残っていた気がする。 城の中にまで侵入を果たした者が、3頭ごときで危険を冒してまで侵入するわけがない。 おそらくは複数頭、何班かに分けて移動する中の一組に、殿が捕らえられているに違いない。 ぎりと唇をかみ締める。 そうこうしている内にがの風の感知できぬ範囲まで行ってしまうやも知れない。 いくらほかに上田の馬たちがいようとも、達ほど毎日世話をしていなければ、動物の気配の察知など無理だ。 彼らに構うよりも風の使用許可を佐助に問うべきだろうと口を開きかけるが、なぜだか喉が潰されているように重く、どうにも言葉がうまく出てこない。 そんな中、佐助はもう一度持ち上げた体をたたきつけた。 その物言いも、刃物は一切手に持っていないにもかかわらず、まるで身を切られるようなものだ。 実際に、否定の声をあげようものなら、佐助は戸惑いもせずにその命を潰やしていただろう。 何せ他に二人残っている。 無理に割らせずとも他の二人を吊るし上げればいいと誰もが思ったときだった。 がっと左手で顎を掴んだかと思うと、まるで握りつぶすようにギリギリと締め上げる。 それだけで体が浮いてしまうほど、力が込められていた。 「あがああああ!!!!」 「女がいたはずだ。その女連れたやつはどこ行った?どこで落ち合う予定だった?」 唾液を撒き散らし、喉の奥から叫びまわり、必死にその手をはずそうともがくけれども、手の防具に滑るのか、引っかかった爪が割れてもなお、佐助はその手をはずすどころか力を込めていく。 佐助の手甲が朱で染まっていく。 男の血走った目は佐助を見ているものの、その瞳は怯えが走り、例え彼がこの場所から離脱できたとしても、最早人として平穏に生活できるとは到底思えないほどだった。 それを見つめる佐助の目は反対に、色のない氷のように冷たい。 むしろ彼の目には人の形をした物体でしかないのだろう。 腕をかきむしられる事にも痛みはあるはずなのに、眉一つ動かさずにぎりぎりと締め上げ続けている。 その冷たい瞳の中に揺らめく怒りと焦りに、は気が付いた。 先程まではいつもどおりに飄々とした態度を崩さなかった。 それが剥がれたのはが連れ去られたと分かってからだ。 とてが攫われたと知ったときは焦った。 だが、佐助ほどに余裕は失ってはいない。 盗みを働く者達が女を攫うのは金にするか、消すためだ。 馬を盗む事が最たる目的ならば、荷物となる人攫いは…途中で捨てる事が多い。 幸い、祭りの上田に至るまで街道沿いは人で賑わっている。 待ち合わせの場所がどこかまではわからぬが、早々に人の目がなくなるような場所に到達できるとは思えなかった。 取引材料の馬がいれば、舗装されていない山道を強行するというのは、よほど追われていたりしない限り考えられない。 焦る理由も分からなくはないが、このままのやり方だと吐こうとする意思すら握りつぶしてしまいかねない。 そう危惧したが止めなければと一歩を踏み出す前に、佐助の手の力が止み、重力に伴って男の体が地面に落下した。 「あ、答えらんない?…じゃぁ、次。」 つかまれた顎が外れているのか割れているのか、地面を転がりながらのた打ち回る姿に恐れを抱いたのは、誰よりも残った二人だった。 残念ながら男達の悲痛な叫び声は杉林に囲まれて、外へ放つ助けの声を掻き消していた。 それはそうだろう。 城内に盗みに入るという大胆不敵さは呆れるが、高々馬の盗みでここまで恐怖を煽られようと誰が思うだろうか。 実際、とて佐助の行動はやりすぎだと思わなくもないが、彼らに同情するつもりもない。 むしろ、これだけで済んでよかったと思うやも知れぬ。 …おそらく一番ひどい目にあうのはをつれている人間だろうから。 「ひいいっ!!!!」 「っ!」 佐助の踏み出した一歩で、一人が抜けた腰を必死に動かし逃げようとのた打ち回る。 もう一人は足に力が入らないらしく失禁までしてしまった。 「で、そろそろ素直に吐いてくんない?無理ならさくっと殺ってもいいんだけど?」 時間の無駄でしょ、と嗤う顔は完全に嘲り見下していて、目などははなから笑っていない。 がっと喉輪をつかんで今度は力を入れていないのか、その首を見定めるかのように撫ぜ摩る。 生殺与奪はすべて佐助の手にあるのだと知らしめているかのように。 喉輪をつかまれていた男が、歯の根が合わないのか、がちがちと歯を鳴らしながら震え上がっている。 それでもどうにか紡ぎだした言葉は、なんとか聞き取れるものだった。 「うえ、だのっ…みな、みっ…そと、かか、かいどう、ぞいをっ…い、ちり、いったっところの…じぞうそん、でっ…。」 「はい、ごくろーさん。」 すんなりと手をはずし、今まで体を動かせなかった忍隊を見やる。 まるで金縛りが解けたかのように、はっと我に返った数人が泡を吹いた三人を抱えて即座に姿を消した。 そう、動かせなかった。 体を動かせば…敵と見なされてしまうんじゃないかと言わんばかりの、殺気を纏っていた。 『猿飛佐助』という人間を知っているですら、一歩も動かせなった。 一言も発することができなかった。 そうしよう、そうしなければと思っていても、体は一切動かせなかった。 冷や汗が米神を滑っていく。 闇の力を使ってまで、佐助は本気で潰す気だった。 おそらくは直接殿に手を下しているわけでもない彼らに対して。 簡易…と呼べるほど生温いものではなかったが、拷問に対する耐性がほとんどない下っ端に対してだ。 殺るといった言葉も嘘ではあるまい。 本当に、人の命をどうでもいいと思っているのだ。 すべて、のために。 客人という説明が伴わないわけではない。 それでも…あそこまで焦る佐助を、はいまだかつて見たことがなかった。 「…本当に厄介だな、あの忍びは…。」 前を行く佐助の背に聞こえぬよう、口の中で呟いた。 己の感情も操作できずに、口では諦めると軽々しく言うのだ。 の平穏を誰よりも願っているだけ、か…。 だからこそ、が傍にあることを願えればいいのにと…人を愛しく思う気持ちを持ったは願わずにはいられなかった。 それとも…それすらも、佐助は凌駕しているというのか。 ただの笑顔のためだけに動いて…。 忍びが厄介なのか、佐助自身が厄介なのか…にはわからない。 わからないが…少なくとも場所が割れたのならば、自分も向かおう。 を救わねばという思いもある。 それ以上に佐助が何をやらかすかわからない危惧が大きかった。 おそらくは幸村殿にも忍隊を通して内容は伝わるはず。 逸る心を抑えよ、自分がまず冷静にならなければならぬ。 そう言わんばかりに、ちきと鍔が小さく音を立てた。 ■□■□■□ ゆらゆら揺られて…大分来た、様な気がする。 むしろ、ちょっと乗り方が特殊過ぎて…いくらゆっくり歩いているからとはいえ、ちょっと酔ったんですけど…。 朝ごはん…張り切って食べ過ぎたもんなぁ…。 うぅ、ちょっと自粛すべきだったか…。 人の声が大分まばらになってきた。 それに伴ってか、私を乗せている馬を操っている男の人がいろいろとおしゃべりしてくれて。 なんでも、この馬はこのまま西の方に連れて行くらしいです。 私は途中にある人飼いに渡すから安心しろと言われましたよ…。 安心できるわけないでしょうが! ただ、そのためには山越えは必須で、私の体勢はこのまま、というよりも不安定なせいで落ちかねないから、がっつり馬に括られているらしいです。 ついさっき、その締め具合を確かめたから、ますます強固となっているらしいです。 どこからどう見ても麻袋を運んでいるようにしか見えないわけで、簀巻き状態ならば余計に体も動かせないわけで…。 例え動かしたとしても、麻袋が動いているようには見えない程度の頑丈さで括られているらしい。 うわぁ、とっても親切に解説ありがとうございます、全然嬉しくないです。 逃げる手立てがなくなってしまったじゃないですか。 それよりも何頭盗んだとかそういう具体的なお話をしてもらえませんでしょうか…? ただ、一つだけわかったのは…それだけぺらぺら計画を話してくれるということは、彼が今回の首謀者なのだろう。 普通こんな風にぺらぺらしゃべってくれる悪役なんて正義の味方が現れてぺいっとやっつけてくれるのだけど、残念ながら早々に現れてくれない。 このまま上田の街を出てしまうと、また真田さんや猿飛さんに心配をかけてしまうんですけど…。 あぁ、あとちゃんの流鏑馬姿も見たかったなぁ…。 絶対にかっこいいのに…。 もうどれくらい時間が経ったかわからないけれど…今救出されて戻ったとしても彼女の出番には間に合わない気がします…。 それだけが心残りというか…かなりしょんぼりしてしまう…。 そういえば、ちびちゃんに付けてあげる房も懐に入れっぱなしだし…。 ちびちゃんの方は別に今日じゃなくても付けてあげることはいつでもできるし…。 その時、今まで散々揺れていた馬の動きが完全に止まる。 なんだと耳を済ませていると複数人でぼそぼそと会話している声が聞こえた。 まるで人に聞かれたくないような会話の仕方に、もしかしなくてもここが彼らの待ち合わせ場所なのだろうかとも気が付いた。 かといってがっちり括られた簀巻きは相変わらず頑丈で、解ける気配はない。 猿轡も同様。 それでも緩んだりしないだろうかと、諦めずにもぞもぞ体を動かしていると…ぽろりと懐からちびちゃんにつける予定の房が麻袋の中に落ちる。 小さなそれは、麻袋の空いた穴から簡単に外に滑り落ちていった。 「ふむー!!」 ちびちゃんの房が!房が落ちた!! 誰か取ってくださいともがもが口も体も動かしても、言葉には到底ならなかった。 はぁぁ、どうしてこんな事に…。 誰か気が付いて拾ってくれるといいんだけど…。 大きい方の房は…実はぶち子につける装備一式に混じらせていたからまだいいんだけども…。 はぁぁ、なんか今日は何の厄日ですかと言わんばかりに色々と起こるなぁ…。 もうどうしたらいいんだろう…。 馬の興奮は相変わらず落ち着かない。 多分、この子もわかり始めたのだ。 自分が乗せている人間が自分にとっていい人間じゃないって。 そう言っても何か出来るはずもなく、とりあえずこの子を落ち着けることがやっぱり先決で。 ぐったりと体を動かすのも半ば諦めて、あたりの様子を伺う。 その時、ばたんと大きな音を立てて人がわらわらと出てくる音がした。 ガチャガチャと鳴る音は武具のものに似ているし…一体今度は何が起こったのだろうかとじっとしていると、急に馬が揺れた。 今度こそ山越えのための移動かと思っていたら、馬が大きく嘶き、どう考えても全速力としか言いようのない動きで跳ね上がった。 ちょっと!こんな急激に運動させて心臓が持つわけないのに! そう思えたのも一瞬で、荷物として括られている私は荷物同様、その身に馬の振動がダイレクトに響いてくる。 後ろ足が跳ね上がるたびに胸を圧迫して、咳き込む。 息を落ち着いて吸い込む前に後ろ足が跳ね上がる。 何が起こったとか考える余裕がなかった。 徐々に呼吸困難に陥るように、意識が朦朧としてくる。 がつりと大きく馬が跳ねたとたん、無茶苦茶に運転していたせいか、括られていた紐が緩んだのか、体がベクトルに反って大きく跳ね上がる。 そのまま馬の背に落ちることなく、宙に舞ったと思うと…地面に叩きつけられるその時まで、ゆっくりとした時間の流れに、走馬灯なんて感じないじゃないかと、悠長な事しか思い浮かばなかった。 ←back next→ |