第四話 面白くない、そう面白くなかった。 目の前のとかいう女の子の味方をするちゃんの表情はそれはもう嬉しそうだったし。 そんな彼女の言う事を一々頷いて聞く女の子からは偽者扱いされるし。 ちゃんはすっかり友達認定してしまって、あれやこれやと話を聞いている。 もはや彼女の中では疑う余地もなく、味方という印象になってしまっていることだろう。 そして、手ぬぐいを渡した事でそれを無理やりとはいえ佐助自身も認めていると勘違いしているに違いない。 いや、俺様認めた覚えないし、すぐさま外に放り出したい気分なんだけど。 好みの着物の柄はなんだとか、本当にどうでもいいし。 すっかり自分と同じ境遇らしき人間を見つけて、心を許してしまっている。 がりと頭をかいた。 どうしてそれを嘘だと疑う心を持たないのか。 疑心だらけでは安穏として暮らす事など叶うまいが、それでもこの無防備さには本気で頭が痛くなる。 こちらがいくら気をつけていたとしてもこの調子ならば、ちょっと北条に行ってきましたとか言って、伝説の忍びすら拾ってくる勢いだ。 かといって痛い目にあって貰うなんて以ての外で、未だに大将の客人として扱われている彼女は、上田の中においても知る人ぞ知る下に置かれない立場になっていた。 本人はそんなことも露知らず暢気にちびと名付けた黒馬の世話を毎日楽しそうに勤しみ励んでいるが。 ちらりと外に視線を走らせ、くいと二人から見えない手を動かして外を固めていた忍隊に合図を送る。 先程、の言ったことの裏づけを取るためだ。 甲斐や上田内部は、自分が把握しているからそれ以外の…相模の風使いの末裔だと名乗っていた事を。 相模って北条でしょ。 昔ならいざ知らず、この女の子が生きているであろう時期に北条から縁があろうがなかろうが人を迎い入れた事など聞いたことないし、そういう交換が行われるほど国交もよいわけではない。 まだ上杉のほうがまし、と言ったところだ。 そこにいたと自白するという事は…事実か、もしくは真っ赤な嘘か。 それともちゃんの言うとおり本当に別のところからやってきた人間なのか…。 最初見つけた時に拾った刀を見る限り、そこそこの使い手だと思う。 先程自分を偽者呼ばわりし、ちゃんを庇うために自らの背に隠したときの姿勢も、武道を一通り習っていた動きだ。 怪我をして動かぬ左腕を庇っていても、ぱっと見庇わぬよう動いていたのがよい証拠。 相手に弱みを見せないところも、戦い慣れしていそうだと思う。 風使いとも言っていたから…おそらく風の属性なんだろう。 今は怪我のせいか、精神力が削がれて使えないと言ったところだが、武器を持たずとも鎌鼬のような技が使えるならば十分殺傷する能力だってあるはずで。 もし自分一人だけでそんな人間と対峙しているならばもっと気楽に構えて、軽く押さえ込んでいただろう。 それだけの実力だと思う。 自分より上ではないのは確実。 というか、屠る術など軽く十は思いつく。 そこそこ止まりなんだということは理解している。 しかし、と目の前で嬉しそうに笑うを見る。 …そんなに警戒することなく話すを見て、佐助はもう一度聞こえるように大きなため息をついた。 まったく戦いというものがわかっていない天女様は、当然ながら攻撃されれば一番に傷つく、そりゃもう目の真ん前にいる。 下手すると、ここで攻撃を仕掛けでもしたら、俺様の手裏剣すらあたるんじゃないかと言わんばかりの位置取りだ。 そこそこの腕前ならば、少なくともちゃんを屠ることも可能だし、人質にとってどうとでもできる距離だ。 何、この無防備ですと言わんばかりの距離。 誰かほんとにこの子に警戒心って言葉を教え込んでよ、もー! 「…猿飛さん、そんなにため息をついてると早く老けますよ?」 ため息を聞きとがめたちゃんがくるりとわざわざ振り返って注意してくれた。 いやほんとありがたいねーって、誰のせいだと思ってんの? 「…そこは幸せが逃げるじゃなかったっけ?」 「鹿右衛門さんがため息ついたら老けるって言ってたから、てっきりそういうのが上田の流行りかと思って。あと禿げるって言ったらいいとも言われましたけど、それはさすがに…男性には…。」 もごもごと口の中で呟きながらちらちらとおでこを見るんじゃありません! くっそー…あいつ、根に持ってやがったな…。 ぶつぶつ言葉を口の中で言葉を噛み殺しながら、先程、天井裏でここぞとばかりに殺気を膨らませた瞬間の自分を思い出す。 どうして、俺様あの時に攻撃を繰り出さなかったのか。 が天女様と呟いたあの時、手裏剣を意図せず手にしていて。 それを放てばちゃんから非難されはしても命を楽に狩り取れただろうし、そうなればこうまでいらいらとしなかったはずなのに。 一瞬だけ止まったのは…女の子の目が、ちゃんに向けた目が…攻撃を仕掛けるでもなく、安堵でもなく…諦めていたからだ。 それまではちゃんに惚けたように見とれていたはずなのに、その一瞬だけ、ほんのごく僅かに、生きる事を諦め、死んだ事を受け入れた目をした。 がりともう一度だけ頭をかく。 もし女の子の言うとおり、すべてが真実で、かつちゃんの言うとおりのことが起こったというのなら…。 「やっぱりここで世話する事になんのかね…?」 ごくごく小さな呟きは、二人から聞かれる事なく空中に消えて言った。 いやもう鳥肌立ちそうな勢いで、とてつもなく嫌な予感しかしないけれど…自分は知っている。 その嫌な予感は間違いなく的中する事を。 はぁぁぁとついた深いため息は、現状を打破する力を一切持っていなかった。 ◆◇◆◇◆◇ から渡された三角に折った布を首にかけ、動かぬ左手を支える。 が首を動かしながら調節していると、が三角巾と襟元に手を入れ、動かしやすくしてくれた。 負担をかけまいと慌てて落ち着く位置を探す。 ふらりとただ揺れ動くだけにしておくよりも安定し動きやすくなったそれに、ありがとうと感謝の意を述べると、とても嬉しそうな、花が綻ぶような笑顔でどういたしましてと返ってきた。 自分などよりも、よほどの方が嬉しそうだ。 の古着を借りて、彼女について回るの姿は、五日目にして上田城の名物になりつつあった。 まるで仲睦まじい姉妹のように微笑ましく見えるのだ。 今日は、がこちらに来たときに身につけていた袴を着ているせいで、姉妹というよりも姉弟といったところだろうか。 何よりも自身の表情が乏しいとは言え、真剣にの後を追うの姿に、誰よりも自身が嬉しく思っていることもあり、表情は明るく芳しい。 そしてその顔を見て、城内の者たちもまた微笑ましげに二人を見遣るのだ。 今日もまた厩へとを送り出す城内の様子にの眉間がぴくりと動く。 を下に置かぬようしているのはなんとなく分かりはするのだが、ならばどうしてこうも下男がするような仕事をさせているのだろうか。 もちろん、騎馬兵に戦を支えられる甲斐にとって、馬を世話する人間は貴重であり、重宝がられることも確かだ。 しかし女がする仕事ではない。 実際、が行っていることは、量が少ないながらも力仕事である。 それを咎めてもよかったのだが、本人がこれ以上ないほど嬉しげに世話している姿を見るとそれもまた無粋な気がしてしまう。 よくよく見れば男よりも細い腕で器用に重い水桶などもうまく運んだり、汚れた飼葉なども担いで出たりしている。 腰の入ったそれは、平素から行っているもので、どこからこのような力が湧くのかと不思議でならない。 だから、としてもそれを黙って見守ることしかできずにいた。 最も、銃弾は貫いたとはいえ左腕は今でもまったく使い物にならない。 右手だけで手伝えることなど高が知れているから、例え手伝うと申し出たとしても、から止められていたであろう。 はじめはこうやって付いてくる事もだめだと言われたのだが、部屋で横になるばかりではどうにも体が落ち着かなかった。 ここは自分の知っている上田城であり、まったく知らない上田城なのだ。 そのことばかりが頭の中を巡り巡って、陰鬱な雰囲気のまま一日を終えそうになる。 それで時間をただむやみに殺すのならば、の傍にいて話し相手をする方がどれだけましだろうか。 最初の内は渋っていただが、そのうち根負けして今に至っている。 ふうと息を漏らして、天井の気配に更に息を漏らそうとして…やめた。 佐助は今日も自分の周りに付き纏っている。 まるで以前のように…躑躅ヶ崎にいた頃に戻ったみたいだ。 常にそこかしこにいて。 平素の佐助と違う雰囲気にも大分慣れた。 慣れたからと言って無視できない程度にこちらに意識させるのは、おそらく自分に対して一切動くなと牽制しているのだろう。 元よりを傷つける気などさらさらないにとっては、その扱いを諦めたとはいえ他に働けばよいものをと思わなくもない。 何よりも効率を気にする忍びらしからぬ動きだ。 を守るためと言うのは分からなくもない。 上田にとって自分は敵ではないかと警戒するのも、忍びとしての性だろう。 それは理解できる。 が言う『別世界』などというお伽噺を信じていいものかは判断付きかねるが、現状で佐助が己のことを知らないと冗談を貫き通す理由もないし、敵対する雰囲気をかもし出す必要もない。 とすればやはりの言うとおりのことが起こっていると判断するしかなく、もしそんな人間が自分の周囲にいたとすれば、間違いなく警戒しただろうし、それよりも以前に佐助でなくとも忍隊の誰かが痕跡すら残さず消していると思う。 それくらいに優秀なのは誰よりも我が身をもって知っていた。 処断される事なく生き永らえさせて貰っていることに感謝すれど、ただ付くだけで見られる居心地の悪さは、慣れたとしてもため息一つくらいの理由には十分なった。 なんと言えばいいのであろうか。 に対して過保護の域であるのだ、佐助の行動が。 かといって傍に在る己の存在に警戒すれど、手も出さず。 元より食えぬと思っていた忍びだったが、ここの佐助はどうにも勝手が違うと言えた。 本当に理解に苦しむ。 そしてもう一つ気がかりであったのが、…幸村の存在だった。 現在、上田の当主である幸村は、武田信玄に呼ばれ甲斐へと直参していると言う。 五日と上田城内に滞在し続けてはいるが、未だには幸村と会っていない。 会うことにわずかばかりの抵抗が生まれなくはない。 頭の中で自分の知る幸村とは異なるのだと言い聞かせはしても、常に在った彼の人と同じ容姿、同じ声、そして同じ性格をしていて、動揺を出さぬ事などできるであろうか。 状況を把握できてなかったとはいえ、佐助でもあれほど動揺して怯えたと言うのに。 できればこのまま会わぬままでもと思わなくはないのだが、城主に挨拶をせぬままに滞在するなど生真面目なからすればそれもまた無理な話で。 飼葉を鼻歌交じりに均すを見ながら、は懐に潜ませた手ぬぐいを、着物の上からそっと押さえていた。 他愛もない話をしながら、が顔を上げる。 その顔は心中複雑そうで、言おうか躊躇っているように見えた。 首を右に傾げ、無言のまま彼女に言葉の先を促す。 「あのね……今日ね、真田さんが甲斐から帰ってくるんだって。」 「幸村、どのが…。それは、挨拶をせねば…。」 自分の思っていたことが、彼女に言の葉となって届いたのではなかろうかと心の臓が跳ねた。 驚きを微塵も出すことなく、無表情のまま言えただろうか。 やはり、殿は『天女さま』なのだろうと改めて思う。 しかも、鋤を片手に飼葉を均す、えらく働くことの好きな天女だ。 思考を別のことに追いやって、ふと口元を緩める。 に要らぬ心配をかける必要などない。 動揺することなく、あとは幸村殿に相対すればいいだけのこと。 そう簡単なことだ、だから…目覚めたときのように怯える必要は…、 「…あのね、ちゃん。怖かったら会わなくてもいいんだよ?」 自分の思考と、の言葉が重なる。 怖いことなどない。 殿が心配するようなことはないのだと、少しばかりはにかんで言葉を出せばいいだけだ。 さぁ言葉をと出した声は…動揺のままで、常にはっきりと物を言うからすれば消え入りそうなほど細かった。 「いや…し、しかし…城主に挨拶をするのは礼儀で…。」 しっかりしろと自らを叱咤しても、浮かんだ戸惑いは早々に消えない。 何に対しての戸惑いだ? 己を知らぬ幸村殿に対してか? 自分の思考を読む殿に対してか? 行動の先を読めない佐助に対してか? もう、今まで自分が相対していた彼らと会えないことに対してか? 否、一つではない、…そう全てだ。 「ここの真田さんは、ちゃんのことを知らない。それを見ても、大丈夫?」 「っ…。」 戸惑いと、動揺と、不安と、すべてが混ぜこぜになって、息を殺すようにぎゅうと着物の上から手ぬぐいを握り締めた。 「ちゃんにとって、真田さんは大事な人、だもんね。」 「何、をッ…!」 「あの手ぬぐい、大事にしてたから。…大事な人から貰った、大事なもの、でしょう?」 聞かれた問いに、素直に頷く事ができなかった。 大事な…失いたくない存在。 大事な主とだけ答えればよいだけなのに。 大事な主から賜った、労わりの手ぬぐいだと、どうして言えない。 どうしてこうも感情を制御できずにいるのだ…っ。 それは、やはり彼女が天女さまなのだと無理繰りに押さえ込んだ。 思考も、感情も、彼女の前では裸同然になってしまう。 致しかたのないことなのだ。 「だい、じょうぶ…、ちゃんと理解をしている。ここは違う人がいる世界なのだと。」 「本当に?」 「あぁ。殿には、世話になるばかりか心配まで…。」 言葉を出せばすらすらと取り繕うものが出るのに、心はまるで嵐のようだ。 今の自分は、さぞや情けない顔をしているだろうと思っても、彼女の前だけは素直でいてもよいのだと…思う自分もいた。 そんな自分に優しく笑いかけるの顔は、まさに仏かと言わんばかりに慈悲深く、生きた存在を信仰と崇め奉るのならば、このようなものかも知れぬと、漠然と思った。 単に、はで同じような境遇のを支えてやりたいと思っただけなのだったが。 縋るものがあれば、例えそう行うまいと思っていても掴んでしまうもので、不安に苛まれている今のは、まさにその状態だった。 「同じ、だったからかな?私もここに一人できたときは不安だったから。なかなか心から笑えなかったし…。今も…みんなから知らないって言われたら不安になるよ。ちゃんはすごいね。」 「っ…そんなことは…。」 「でも、頑張り屋さんなのかな?うーん、それならちょっとだけ遊びに来たとか、…そう、その傷を治す猶予を貰ったとか思っていればいいよ。うん、そう思おう。」 「傷を…治す…?」 指さされ、三角の布で固定された左腕を見下ろす。 思わぬ提案に…不安が少しずつそぎ落とされていく音が、聞こえる。 「多分、真田さん達を守るために、怪我したちゃんに神様…偉い人が時間を与えてくれたんだよ。だから、早く治そうね!」 「帰れるの、だろうか…あの場所に。」 また、会うことができるのだろうか、幸村殿たちに。 傍に居れぬ事を許してくれと諦めた自分でも、もう一度と願ってもよいのだろうか…帰りたいと…。 ぼんやりを視界が滲んできた。 自分は、どれほどあの場所に安心していたのだろうと考えさせられる。 常に守らねばとは思っていても、このように距離が生まれるとは露にも思わなかった。 恒久的なものなど、この世にはありはしないのに。 「今、ちゃんがいる場所ってさ、ちゃんがいていい場所じゃないよ。ちょっと手ぬぐい貸してね。」 んーと、顎に手を当て、肩に鋤を立てかけながら話すが、胸元の手ぬぐいを更に指差した。 言われたとおりに手渡すとそれを右手の上に載せて小さく畳み出す。 「…?一体何を…。」 「こうやって握って。…開いて?」 手ぬぐいを小さく小さく折りたたみ、自分の右手を握り締めさせてから、放てと言うに首を傾げながら手を開くと、はじけるように手ぬぐいが手の上で広がった。 手の中に押し込めていたのだ、当たり前の動作だろう。 一体彼女は何を言いたいのだろうかと、手ぬぐいとの顔を交互に見やる。 「これがどうしたと…。」 「ぎゅっと握りこんだ状態が今のちゃん。今は無理に捻じ曲げてここにいるの。でも、開いたら元の形に戻るでしょう?人も世界も同じ。それがきっと常に在る理だから。ちゃんの居場所は真田さんの横だよ。それが、収まりのいい自然な状態、ね?」 彼女が謂わんとしていることを理解し、大きく息を吸い込んだ。 悩むことはいくらでもできる。 大事なものも確認したではないか。 今、己ができるのは怪我を治し、いつ戻されてもいいように腕を衰えさせぬ事だ。 そこでふと、自分と同じ境遇だと言っていたの言葉がには引っかかった。 ならば貴女もいつかは…そう言いかけたの言葉を遮るように、忙しない足取りが厩へと走りこんできた。 「殿!ただいま甲斐から戻り申した!!」 その聞き慣れた声にびくりと体を竦ませる。 もう大丈夫、彼は自分の知る幸村殿ではない。 そろりと振り返ると、赤の衣装に身を包んだ幸村が太陽のような笑顔を振りまきながら厩の敷居を跨いでいるところだった。 その手には、今まで乗ってきた馬のものであろう鞍もある。 「わぁ、相変わらず予定より早いですね…。最高記録を目指すのは構いませんが、ちゃんと馬の様子見ながら走ってくださいね?」 「分かっておりまする!すでに馬場に放っておりますゆえ……ん?そちらの男の子は、見慣れぬ者がおりますな…。」 鞍を受け取りながら苦笑を漏らすの肩越しに、幸村から覗き込まれた。 だが…思った以上に見慣れないという言葉に動揺しない自分に、何よりも驚いた。 殿の言葉の力を、…痛感する。 「真田さん、彼女、女の子ですよ。」 「そ、それは失礼いたした!!申し訳ござらぬ!!」 土下座せんばかりの勢いで膝を付こうとした幸村に、ここ上田ですよとから努めて冷静な声がかかり、慌てて膝を追った状態から立ち上がる。 一城の主がその城で取っていい行動ではないとたしなめられる姿に、もはや殿が主ではないかと思わぬこともないが、そうか天女であったと思えば、何故だか納得できてしまった。 姿かたちはの知る幸村のままだ。 しかし、気配はどことなく跳ねている気がする。 忙しないのもおそらくそのせいだ。 別人だと心から理解すれば、客観的に観察することができた。 「私のお友達のちゃんです。」 「殿には危ないところを助けていただいた。しかも受けた傷の手当てまで…。事後とはいえここ数日主に無断での滞在をどうかお詫びさせていただきたい。」 紹介され、左手を庇いながらではあったが深く腰を折る。 「そうでござったか!どうか傷が癒えるまでごゆるり過ごされよ!」 「っ…。」 どきりと心の臓が跳ねる。 眩いばかりの笑顔を向けられ、女性と言われようとも、硬い男の子のような言葉を使っていようと、幸村にとってと言う人を見ているに過ぎない。 わかっていた。 例え別人であろうとも、幸村という人間はそういう者であったと。 違いがないことに安堵し、違いがないことに…ほんの僅かに怯えた。 ぎゅうと自らの袖口を握り締める。 「…で、真田さん。結構政務たまってるんじゃないですか?甘利さんが部屋で今か今かと真田さんの帰りを待ち構えていますよ。」 「なんと!そ、それでは失礼いたす!!」 厩に入ってきたとき同様、忙しなくばたばたと駆けて行く幸村の後姿を、はじっと見詰めていた。 あぁ、あの笑顔を見てかつての日々を思い出す。 だからこそ…、 「…帰りたい。」 帰れるのだろうかと言う不安を思うのはやめた。 自分は、帰らねばならない。 そう、無意識に呟いた願望に、が振り返ってうんうんと嬉しそうに頷いた。 「じゃぁ、早く怪我を治すために、頑張ってしっかりご飯食べようね。」 そう言った殿の呟きに…こちらの佐助は胃の薬をくれるだろうかと…かなり心配になった。 ←back next→ |