第二話 「もー…猿飛さんどこに行ったんだか…。」 ぶつくさと文句を言いながら辺りを見渡す。 どう見ても迷子?いや遭難者? い、いやいや、ちょーっと開けたところに出たら上田の街が見えるはずだから、大丈夫!…多分。 猿飛さんから薬草探すの手伝ってと言われて上田城の裏山に一緒に入ったはいいが、早々にはぐれてしまった。 はぐれたと言うか…猿飛さんがいなくなってしまったというか…本当にここどこですかちょっと泣きたい。 うぅ、このまま日が暮れるまでうろうろしているのは本当に生産性がないというか…馬番の仕事休んでまで来たのにこの無意味さ…。 薬草かどうかが私には判断がつかないから、それを聞くべき猿飛さんがいないとなると本当に何もできやしない。 …本気で何をしに来たんだろうか。 はぁとため息をついて、自分には雑草が入っているようにしか見えない籠を見下ろす。 …そうか、籠持ちかもしれない。 そう思っておこう、そうしよう。 今日の私は荷物もちです。 といっても、ただの荷物もちだとちょっとどころではなく虚しいから…何かできることはないだろうかと探す。 目に入ったのは籠の中に雑多に入ったままの薬草たちで。 ぺたりと座って、籠の中の薬草を分類しようかとがさごそと素手で扱う。 えっと、これなんだっけ? すずらんのようなかわいらしい花をつけたもの。 っていうか、これすずらんかな。 …ん?すずらん? あることを思い出して、さーと血の気が引く。 すずらんって確か毒を持っていて、切花にしてそのつけた水飲んだら危ない云々って聞いたことあるんですけど…。 籠の中に突っ込んだ手を慌てて外に出した。 そうですよ、猿飛さんは薬草とは言ったけれど、体を治療するための薬とは一言も言わなかった…。 毒薬も文字通り薬ですよね、あははは…。 はぁ……もう、触るの止めておこう。 早々に仕事をなくしてしまいました。 空を見上げて、猿飛さんの烏は飛んでないかなと探しはするものの、鳶くらいしか見当たらない。 どうしようかな、はぐれたらあんまり動かない方がいいとは言われたけれど、さっきすずらん触っちゃったしな…。 籠の中に突っ込んだ右手をじっと見て、よしと立ち上がる。 川まで行って手を洗おう。 なんかこのままだとうっかり汗を拭くために顔を拭ったりしてしまいそうで怖い。 ついでに猿飛さんを探しながら行けばいいんじゃないでしょうか? うんうんと頷いては歩き出した。 草木を掻き分け、多分いないだろうなぁなんて心の中では思いながら、猿飛さーんと声を出していく。 というか、どちらかというと声を聞きつけて猿飛さんが見つけてくれないかなという、かなり他人任せの作戦で。 私としては川が見つかるだけでもいいなんて気楽な事を考えていた。 その時、大きなつむじ風が舞う。 あわてて籠の中身が飛ばされないよう押さえる中、着物が翻るほどの風は一瞬で。 声をあげる間もなかった。 「び、っくりしたー…。」 地形から言ってあんなつむじ風が起こるなんて思ってもいなくて、油断してた。 ビル風とかは書類飛ばないように気をつけたりできても、こんなところで起こるつむじ風を予想する方が無理という話で。 それでも7割くらいは籠の中に残っていたから、まだ…ましかな? 少しだけ籠から落ちた薬草を拾おうとして、慌てて手ぬぐいを取り出す。 手ぬぐい越しに丁寧に取り上げて、全部拾い終わる頃には手ぬぐいはほんのり緑色に染まっていた。 はぁ、川に行ったら手ぬぐいも洗わなきゃ…。 籠を蓋するように手ぬぐいを入れる。 まだ風は完全には止んでない。 拾うためにずっと曲がったままだった腰を伸ばすとぽきとなかなか爽快な音を立てた。 たはは…よし、行こう。 「もー、猿飛さーん?どこ行ったんですかー!?」 きょろきょろ見渡しながら、探しているのは言葉に出した猿飛さんではなく川、もしくは水辺で。 見当たらないなーと思ったときに、ふと木陰に誰かいるような気がした。 そういえばそこに誰かいるなーって思ったときはたいてい猿飛さんか忍隊の誰かで。 誰かがいるなら手を洗える場所を聞こうとそちらへと方向転換する。 「猿飛さん、ってば・・・・・・え?」 がさりと木を揺らして掻き分けると、そこにいたのは見たことがない、人。 ぴたりと肌に張り付いた着物のラインからして…女の子か若い男の子。 びっしょりと濡れた着物に、泥が飛びまくっていて、川か何かに入ってそこいらじゅうを転げまわったんじゃなかろうかという出で立ちで。 もしかしたら、川から出てきてすぐの人かもしれない。 ちょっと川から上がるときに足を滑らせてこけたとかかもしれない。 川の場所を知っているなら聞けるじゃない、やった! ………なんてことは微塵も思わなかった。 だって抜き身の刀をこちらに向けていたのだから。 あからさまに向けられた警戒は他の誰にでもなく私自身だけに向けられていて。 ふと気がつけば左の肩口が血で汚れていて、目を見開いた。 一瞬返り血なのかなと思ったけれど、あからさまに左腕を動かしていないところを見ると、怪我をしているんだろう。 つまり、手負いの状態。 だからこその警戒心なんだろう。 どうすればいいのかと思う前に、刀が音を立てて我に返る。 どうすればいいじゃなくて、治療をしなきゃ! えっと、猿飛さん印の傷薬は持ってたはず。 手ぬぐいはさっき使ったのとは別にもう一つ持ってきてる。 うん、多分大丈夫! 「っだ、大丈夫!?ひどい怪我、」 「――寄るなッ」 そう思って声をかけた私に、不思議と彼女は怯えているようで。 私以外にも周りへ警戒を広めていく。 じりと後ろへ重心を掛ける足にも気がつかないみたいだった。 「貴方は、何だ・・・・・・!」 えっと…とりあえず、冷静になろう。 私まで慌ててしまってはだめだ。 ここは上田領で、上田城の裏山だから他の領土の人がうっかりーなんていって簡単に入ってこられる場所じゃない。 よくよく見れば泥で汚れた着物は安物じゃないのも分かる。 ということは、もしかしたらどこかの武将のお子さんとかかもしれない。 んん?そんな人いただろうかと疑問が一瞬浮かぶが、今はどうでもいいと頭の隅に追いやった。 一応、上田の武将さんは禄計算の時に家族あわせて把握していたのだけれど、その誰にも引っかからなかったのだ。 「ね、私はっていうんだけど。あなたは?あなたの名前を、聞いてもいい?」 籠を置いて、今武器を持ってませんよーあなたを傷つけませんよーとアピールしながら名前を言う。 自分の名前の知名度がそんなにあるとは思わないけれど、何が警戒心を解くきっかけになるか分からないから、とりあえず言ってみる。 大丈夫、あなたの敵じゃないよ。 だから早く心を開いて。 実は内心焦っている。 未だに彼女は私に対して刀を向けたままだ。 でもそれ以上何かをしようとする意志はもう見られない。 だからこそ、この場面を猿飛さんにでも見られようものなら、大事になってしまう。 それが例え上田の領民だったとしても。 猿飛さんに見つかる前に何とかしないと…。 焦れてもう一言言おうかと口を開こうとする前に、彼女の方が先に言葉を押し出してきた。 「・・・・・・」 、ちゃん、可愛い名前を教えてもらった。 にこりと笑ってうんうん頷いて、そういえば大事な事を聞いていなかったと付け加える。 「そっか、あなた女の子だよね?ちゃんて呼んでいい?」 「!」 女の子かという問いに、一瞬驚きはするものの否定の答えは返ってこなかった。 えっと、言葉に応対してもらえるという事は、とりあえず私が攻撃を仕掛ける人間じゃないという事は分かってもらえた…のかな? 手当てをさせて欲しいと手を伸ばすと、その手を見つめてためらっていて。 傷の具合が気になった私は一瞬だけ、彼女の顔から目を離してしまった。 とたん、その右手から刀が落ちる。 その刃のきらめきに、ようやく分かってくれたのかと安堵しようとしたところに、大きくその体がぐらついた。 「ちゃん!」 地面に体をぶつける寸前、引き上げて防ぐ事は腕力的に無理と思った私は慌てて手で受け止めるが、地面とちゃんの体にサンドイッチされた両手が軋む。 ついでに彼女の腕がお腹に入り込んで若干息が詰まった。 「……っい、たぁ…。」 と、とりあえず彼女は無事?…じゃない。 肩で大きく呼吸したまま意識を失っている。 よくよく見れば乾いた地面にも血が滴っている。 私の着物もそれを吸い込んでいくくらいだ。 し、失血死とか…って、治療!そう治療! 落ち着けー落ち着けー。 昔、治療した事あるでしょう?それを思い出してー。 うん、できる、大丈夫! 大丈夫大丈夫と顔から血の気の引いた自分を誤魔化すように言い聞かせて。 サンドイッチでかなり痺れた両手に活を入れて。 猿飛さんの薬を取り出して、血が出ている左肩を大きく開く。 これ、何、なんか銃痕に似てるんだけど…どっか猟師さんとかに獲物と間違われて打たれたりしたのかな…。 今って猟解禁の時期だったっけ? そういうことに疎かった私は首をひねりはするものの、まぁ、彼女が起きて聞けばいいかと治療に集中した。 ふぬー!と力を込めて私の膝の上に彼女の上半身をずりあげて何とか乗せる。 地面に伏せたままでは傷口から土やらばい菌が入りかねない。 …し、しかし…意識ない人って結構重いんですね…。 背中側を確認するともう一つ赤黒い穴が開いている。 玉は貫通してるのかな…? 実は二発目でしたー!とかいうブラックジョークはいらないぞ…。 とりあえず貫通しているのなら後は傷口を塞ぐだけだ。 油も含む傷薬で傷口を覆うようにたっぷりと散布する。 その間から血が出ないよう手ぬぐいを巻いて、ぎゅうと縛ってからようやく一息ついた。 止血はどうにかできたみたいだけど、このままで勝手に治るほど浅い傷じゃない。 応急処置はできたけど…ちゃんと治療してあげないと重症化しないとも限らないし…。 刀傷じゃないけれど、これだけ土に塗れているならちゃんと消毒しないと破傷風にだってなりかねない。 あと着替えもしてあげないと…。 上田城に戻ろうと立ち上がろうとするものの…上田城ってどっちでしたっけ? きょろきょろと辺りを見渡しても、分かりやすいシンボルもなければ、人すらいない。 いや、人はちゃんがいるけれど、意識を失ったままだ。 呼吸が少しだけ穏やかになったことに安堵して、肩の着物を戻しつつ、彼女の頭を膝上に乗せたまま、どうしようかと悩む。 私でも運べるだろうか? 楽な姿勢は…背負う形かな? しかし彼女は地面にねっころがった状態で、どうしようかとうんうん悩んでいると羽音が聞こえた。 はっと顔を上げると、猿飛さんがいつもの大きな烏で滑空してくるところで。 あーよかったと安堵のため息をは漏らした。 「あー…いたいた。もー、はぐれたら動いちゃだめって………その子、どちら様?」 ぶつくさと文句を言いつつ近寄ってきた猿飛さんが、その歩みを止めてちゃんを指差した。 上田内で、猿飛さんが知らない人っているんだろうか? しかもこんな立派な着物を着た人で知らないということは、もしかしたら上田の人ではないかもしれない。 やっぱりさっき思ったことって間違いではなかったんだなぁなんて思いながら、どうしようか悩む。 多分、知り合ったばかりということを言えば猿飛さんは彼女を上田城に連れて行くだろう。 ただし、治療目的ではなく彼女が何者かを調べるために。 それは…避けたい。 怪我をしているし…何より、ほんのわずかだけど心を開いてくれた彼女のためにも。 そして、彼女を待っている家族のためにも。 だから、咄嗟に取り繕ってみた。 「私のお友達のちゃんです。」 「、ちゃん?女の子?」 「はい。」 頷きながら答えると、ふーんと半眼で伺うように私とちゃんを見比べるが、一切無視。 ここで下手な設定を足せばどうせ後でぼろが出るから、何も言わずににこにこと猿飛さんの顔を見つめる。 内心冷や汗をかきながら。 「で、怪我してるみたいだけど…。」 「はい。ですから上田城に戻ってきちんと治療してあげたいなと思っているんですが。」 いいですよねと暗に問うと、しばらく黙った猿飛さんから呼び止められる。 「ちゃん。」 「はい、なんでしょう?」 にこりと笑うと、猿飛さんも笑顔をこぼす。 運んでくれるのかなと安心したときだった。 とてもとても優しい笑顔のまま、言った言葉は全っ然優しい言葉ではなかった。 「その子、ぽいしてきなさい。」 「は!?」 ぽいしてきなさいって何そのペットを拾った子供に言い聞かせるような言葉! 本当に普段の猿飛さんはオカン属性だな! というか、ちゃんが何者か分からないこその判断なのだろうけれど、私の言葉すら信用されていないのかとむきになってしまって。 驚愕で思わず立ち上がろうとして、もう一度落ち着く。 彼女の頭を膝の上に乗せたままだ。 このままだと転がり落ちてしまう。 その間も、私を説得するために猿飛さんの口は止まらない。 「そんな正体がわからない人間を上田城に入城させられるわけないでしょ。応急処置しただけでも十分です。」 「猿飛さん!」 「万が一、旦那に何かあったら、っていうか、ちゃんに何かあったらどうすんの。ちゃんの目の前で彼女を血祭りにあげるところを見たいの?」 彼女が持っていた、地面に刺さったままの刀を取り上げて、日に透かすように掲げる。 使い込まれてるなと呟いた猿飛さんの目は、全然笑っていなかった。 もうだめだ、こうなってしまえば猿飛さんの中でちゃんは味方じゃないというレッテルが貼られてしまっている。 これを覆すのには相当骨が折れる。 実際私だって数ヶ月かかったものだし。 猿飛さんはそのまま彼女の腰から鞘を奪い、刀をしまう。 そして、それは彼女の腰に戻ることなく、猿飛さんの手の中に落ち着いた。 刀は置いといて、せめて彼女だけでもどうにか治療させてもらえないだろうか…。 慌てた反論にぼろが出てしまうことも忘れて、何とか粘ろうと口を開いた。 「そ、そんな敵だなんて決まってないじゃないですか!」 「つまり味方かも分からないんだよね?」 「うぐ!…ゆ、誘導尋問なんて卑怯ですよ!」 あーいえばこーいう!もう! そしてまんまとそれに乗っかってしまった私は、あっさりと友達という言葉が取り繕ったものだという事を自供してしまった。 そもそも口で猿飛さんに勝てたためしがないのに、言いくるめようとした段階で自分の負けは決まっていたんだろうか…。 私がお願いをしたとしても、彼は意見を曲げる事はないだろう。 案の定、次に猿飛さんが言った言葉は、この状況すら譲歩しているのだときっぱりと言い切られてしまう。 「とにかくだめ。ここで見逃してあげるから。それが俺様のできる妥協。」 本当はここで見逃す事すら、彼にとっては不本意なのだろう。 武器を取り上げたのだって、彼女が目覚めてしまって本当に敵だった場合、最小限の被害に押さえるためだっていうことも分かる。 でも、ただ私は、怪我をして気絶しているだけの彼女を見たわけじゃない。 その前に会話をして、名前まで教えてもらって。 よくそこに付け入られるから注意しろって散々言われてるけど、それでももう他人でもない。 だから…私はここで彼女を見捨てられない。 見下ろすと、落ち着いたとはいえまだまだきつそうな呼吸を漏らしていて。 それに服だって濡れたままでは風邪を引いてしまう。 猿飛さんがだめだという言葉も分かるから…私も妥協しますよ、すればいいんでしょう! 「っ…、わかりました。」 「うん、いい子いい子。……って何してんの?」 そのまま去ろうとした猿飛さんが行くよと促してきて振り返ったときには、私は彼女を抱えようと奮闘していた。 もちろん、ぽいする気なんてさらさらありませんから! 「上田城に入れなければいいんでしょう?城下の宗秀さんちに連れて行って着替えと治療するんですっ。」 「はぁ!?」 あんぐりと口をあけ、あきれ返った様子で私達を見つめる猿飛さんを無視して、腰に力を入れる。 頑張れ私! 馬番で鍛えた腕力と体力を今こそいかんなく発揮するとき! ぐっと歯を食いしばって、勢いつけてから全身に力を込めた。 左肩には触れないよう極力気をつけて、どうにかして彼女の体を背に乗せることに成功する。 といっても、私も地面に膝と手をついた四つん這い状態だけど。 「見逃してくれるんでしょう?どうぞそのまま向こうに行ってくださいっ!」 そのままずりずりと木の根元まで行って、這い蹲るようにしてどうにかして立ち上がる。 はー!はー!細い女の子の体だけど、やっぱり担ぎ上げるのは大変すぎる…。 よく猿飛さんは、彼女より確実に重い私を軽々と持ち上げられるな…。 男女の筋力の差ってやっぱりずるいと思いながら、木にすがり付いて息を整える。 …どうにか背中に背負えただろうか…。 彼女の右手をひいて、お尻の下に自分の片手を入れながら腰を曲げる。 反動をつけて体をずり上げると、どうにか落ち着く場所で彼女の体が止まった。 こ、これなら…多分歩ける…ぜはー! ふらりと非常に覚束ない足取りで一歩一歩と踏み出す。 多分これなら夕方までにはつくはず。 でも、早く着替えさせてあげないと本当に風邪を引いてしまうかもしれない。 じんわりと、私の背中も徐々に濡れてきている。 どうにか密着してる部分は暖かいけれど、むき出しの背中とかはきっと寒いに違いない。 時折震える体が、早くと私を急かした。 そんな私に、猿飛さんの声が後ろから追いかけてくる。 「………ちゃん。」 「ぜーはー…っ、なん、ですかっ!」 「そっち上田じゃないよ。遭難するつもり?」 「うっ…。」 それ早く言ってください! そう文句を言う前に、背中がふっと軽くなった。 えっと思って見ると目の前の猿飛さんの肩に、ぐったりとした彼女が移動していて。 目をぱちくりと瞬かせていると、はぁぁぁとため息が降ってきた。 「はぁ、もう頑固なところ、誰に似たんだか…。」 「…猿飛さんじゃないことは確かですね。」 できれば俺様に似て淡白になってくださいと苦虫を潰した顔で反論が返ってきた。 むぅ、でもそんなの私じゃないですし。 そこで、猿飛さんが運んでくれるつもりなのだということにようやく気がついた。 折れて、くれたんだ…。 なんだかそれにほっとして、全身の力が抜けそうになる。 いやいや、帰ってから治療してあげたり着物着替えさせたりしないといけないんだから、しっかりして、さん! それに、ちゃんが悪い子じゃないって言うのは、なんとなく感じていたことで。 もっと危害を加える目的だったら、いくら怪我をしている不利な状況とはいえ、あそこで襲ってきておかしくはないはず。 それをしないということは、彼女自身にその意志はないと断言できた。 もちろん、それを見ていない猿飛さんにそれを理解しろという方が無理な話で。 だからこそそれでも彼女を連れて行ってくれる猿飛さんの心配りには心の底から感謝した。 「一応条件つけるよ。手当てする代わりに監視ははずさない。いい?」 「手当てしてもらえるなら、それだけでも十分です。……あの、ありがとう、ございます。」 「どういたしまして。」 彼女の様子を伺いながら、山道を歩いていく。 うん、これ私の足だったら間違いなく二人して転げ落ちていたな…。 ははと乾いた笑いを浮かべながら、もう一度猿飛さんにありがとうと心の中で呟いておいた。 二人してゆっくりと上田城に向かって歩いていく道には、穏やかに小さな花が咲いていた。 ←back next→ |