第三話 「なんというか、気力を使いましたね…。そろそろ宿に戻りましょうか…。」 汚れた手を払い、きゃいきゃいと戯れるあちらの真田さんと猿飛さんをみながら、二人に声をかける。 日の落ち具合を見たら夕刻よりかなり手前。 お腹は…露店の買い食いのおかげでかなり満たされている。 私と真田さんに限っては、だろうけれど。 露店は日も高いこともあってまだまだ閉まる様子ではなかった。 もうちょっと見たいという後ろ髪は引かれるけれど、そもそもここにきたのは猿飛さんの静養のためだ。 この人の多さの中、連れまわすのはいささか気が引ける。 そんな私を見かねたのか、猿飛さんがこっそり耳打ちで教えてくれた。 「夜は夜で提灯もって練り歩くらしいよ。社までの道が提灯で一杯になって綺麗なんだってさ。」 露店も結構遅くまで開いてるらしいよ。 宿屋の人がそう話してたと猿飛さんがこっそり教えてくれる。 それは確かに綺麗そう…。 というか見てみたい! 私の、明るく変わった顔色で喜んでいることがわかったのだろう。 うんうんと頷く猿飛さんもまたうれしそうだった。 「何でそこで減給なわけ!!?」 あちらではまだ言い合いが続いている。 確かに理不尽なものだが…日ごろの行い、では片付けられないんだろうなぁ…。 ご愁傷様ですと心の中で十字を切った。 そしてこちらはこちらで猿飛さんの立ち位置が…ちょうど彼らとの私と真田さんを隔てた位置にいるんですよ、これが。 間違いなく、警戒はし続けているんですよね…。 後でこっそり猿飛さんにも事情を説明しておかないといけないのだろうなぁ…。 何しろ、真田さんも猿飛さんも自分がもう一人いる状況をよくわかってはいない。 いや、私もいまいちわかっていないけれど。 一応、ここで今すぐドンパチはじめるって言う空気はなくなったけれど、変な緊張感はまだ漂っている。 特に忍びの二人。 ふざけていてもアンテナ張り巡らしてるの、ものすごーくわかるんですよね。 それは私に対しても、さんに対しても。 ぴりぴりした視線を時々感じるのだ。 これでは何のための静養かまったくわからないじゃないですか。 躑躅ヶ崎にいたほうが…いや、あんまり変わらないか…。 とりあえず部屋、近くないといいなぁなんていう私の願いは…宿屋の人の驚きの声で打ち砕かれることになった…。 ● ● ● 「えっと、喜助様…で…?」 「「…そうですけど。…。」」 部屋に戻るために廊下を行こうとした私達を呼び止めたのは、旅籠の番頭さんで…。 驚いた様子で猿飛さまに声をかけていた。 確かに瓜二つの姿が二人もいれば驚くのも頷けるのだが…それにしては驚きすぎでは…? 一体どうしたのだろうと全員が振り返り、そちらを見つめた。 注目をされた番頭は、大変恐縮そうに口を開く。 「そ、その…てっきり同じ方だと思っておりましたので…お部屋は…その同室に案内を…。」 「「……はぁ!!?」」 「も、申し訳ございませんんっ!!!」 番頭さん曰く、同じ名前の予約が二つあり、来た人間はまったく同じ顔同じ格好をしていた。 まさか違う人間とは露にも思わず、同じ部屋に案内をしていたというのだ。 「え、ちょ…替えられないの!?」 そう、しかもこの祭りが重なった繁忙期、当然空き部屋もあるわけがなく、他の旅籠も全滅で。 ここの部屋をあきらめるのならば、野宿しか手はなかった。 そして、先に案内されていたのはさんたちで…。 何とか私たちも部屋に入れてもらえないかと番頭さんは低頭でしきりにお願いをする始末だった。 「…猿飛さま、同じ部屋ではだめなのでしょうか?」 お願いして頼んでみませんか? とても図々しいけれど、他に手はない。 もう一組泊まれないというほど狭いところではないはずですし…。 先に案内をされたのはあちらが先で、それならば我々が野宿をしなければならない。 最悪それも仕方のないことかもしれないけれど…。 じっと猿飛さまを見つめると、押されるように声を絞り同意はしてくれた。 ただし、口に含んだ言い方で…。 「いや、だめってわけじゃ…。」 おそらくは完全に信用できない3人との同室に不安を拭いきらないのだろう。 でも、私は知ってしまったから…。 さんが嘘を言っていないことを。 潔いあの発言は…自分の中では十二分に信頼として植えつけられていた。 ましてや姿かたちが同じ真田さまと猿飛さま。 不安に思うことなど何もなかった。 「某からもお願いするでござる。せめて殿だけでも泊めていただきたい。」 「ちゃん一人にさせちゃまずいでしょ!!」 真田さまからもそうと言われたら、猿飛さまが反論する余地はなかった。 ● ● ● なんと驚いたことに同室。 隣でもなければ真正面でもなく。 かといって、旅籠はどこも一杯。 一度案内された部屋は大部屋と小部屋を襖で隔てた場所で、もう3人入れないところじゃない。 しきりに宿の人からもお願いされれば、こちらとしても断る理由もなかった。 大体下手に喜助という偽名で宿を予約するからこうなってしまうのだ。 普通に佐助にすればよかったのに…と思っても、そうなったらそうなったで向こうも佐助で宿をとってそうな気がしてきたぞ。 つまりは、こうなることはもはや決定、どうやっても6人で楽しめということでしょう、これは。 「そりゃ…まぁ…。旦那、どうします?」 あいもかわらずに言葉を濁す猿飛さんに対して、真田さんはもはや開き直っている。 というか、別に困る理由がないのだから、当然の返答が返ってきた。 「某はかまわぬ。それに人が困っているのならば、助けてやれと言っていたのは佐助のほうではないか。」 「いや…だって、まさかねぇ?真田幸村と猿飛佐助が揃って困る姿なんて想像できないでしょ。」 またそんな言い方をして…。 素なのか煽りたいのかわからない。 いや、猿飛さんに関しては完全に煽っていると見ていい。 もはやこのままいっても話は平行線で。 正直真田さんの困っているなら助けた方がいいという案には私も賛成だった。 「いいんじゃないですか?部屋も広かったし、たまたま私達のほうが早かったというだけで、逆だったかもしれないんですよ?」 はぁと言うため息以外出さない猿飛さんに、これはOKサインだという解釈をする。 彼は納得してはいけないのだ、従者として。 主と、私を守るという任務がある以上、得体の知れない人間と部屋を共にすることに。 といっても、やっぱりこちらとしては楽しみたいので、あまりぎすぎすした雰囲気は続けてほしくないわけでして。 全員を見渡して、にこりと笑顔を一つ。 「ただし、条件があります。」 「条件…、でござるか?」 小首をかしげる真田さんの角度が、いつもの真田さんと重なる。 …やっぱり同じ人なのだなと、改めて納得してしまった。 そして、かわいいのも相変わらずで。 緩んでしまいそうになる顔を慌てて引き締める。 えー、こほん。 そんなことはおいといてですね。 「簡単なことです。絶対に武器を持ち出さない、喧嘩しない、あと下手な勘繰りも警戒もしない。それだけです。」 ね、とてもわかりやすいでしょう? 「せっかく保養に来たのに疲れることしてどうするんですか。それをやったら、うちの真田さんだろうと猿飛さんだろうと旅籠から追い出しますからね!」 特に猿飛さんたち! ついさっきまで確実にやらかしていたであろう二人に念を押す。 先に仕方ないなといって納得してくれたのは、私の知っている猿飛さんのほうだった。 いつもの、やれやれといった感じで両手を挙げる。 ほんと言い出したら聞かないんだからと言いながら、頭をわしわしと撫でられた。 もう一人の猿飛さんは、…さんにわざわざ宣誓させられていた。 …もしかしなくても、さんの尻にひかれていたりするのかな…。 そういわれれば、さっきも葉っぱやら何やらを言われるまでもなく取ってあげていたし。 まるで夫婦のようだと思ったくらいだ。 そして…今、彼がさんに向けている視線は間違いなく、警戒心で向けていたものに比べて数十倍やさしい。 それに、真田さんの方だって、さんだけでも宿に泊めてほしいと言っていた。 つまりは、二人ともさんのことを第一に考えているのは間違いなくて…。 別に弱みを握られているとか言うものじゃないのは視線が物語っていて、どちらかというと頭が上がらないと表現したほうがまだしっくりくる。 二人の性格上、完全に頭が上がりきらないというのは…考えられない。 特に猿飛さん。 いつも言い負かされている自分だからこそ、不条理なことでも折れてくれる姿なんて滅多に見られないわけで。 なるほどなるほどそういうことですか、とにんまり笑みを浮かべる。 猿飛さんから気持ち悪いと引かれるくらいに。 なんて失礼な! ● ● ● 部屋に落ち着き、持ってきてもらったお茶で一息つく。 今、室内には私とさんしかいない。 襖を隔てた向こう側には真田さんたちと猿飛さんたちが各々くつろいで…いるんだろうか? まぁ、約束した以上、少なくともあちらの真田さんと猿飛さんは守ってくれるに違いない。 こっちの二人は…約束破ったらお館様にちくっとこう。 多分、鉄拳制裁をしてくれるはず。 あれだけ言ったのだ。 これ以上ことを荒立てもしないだろう。 これでようやくのんびりできると、はお茶をすすった。 向こうの様子を伺いつつも、湯飲みを手の中で冷ますように持ったり置いたりしているさんが口を開いた。 「この部屋割りでよかったですか?」 まぁ、私と真田さん猿飛さん、さんと真田さん猿飛さんでわけることも確かに考えはしたんですが…。 多分それが警戒もなくゆっくりくつろげる部屋割りではあるわけで。 ただし、くつろげない人が約一名…、いや、今回は二名か…。 いたりもするんですよね…。 一緒の布団に入るわけでもないのに、同衾といって動揺を隠そうともしない二名がね! しかも顔を赤くするタイミングまで一緒でしたからね。 本当に彼らはドッペルじゃないかと疑ったくらいですよ。 「33で割るにはこちらの部屋は狭いですからね…。」 それもまた事実。 お布団3つ敷くには確かに狭く、真田さんが危惧したとおり、誰かと誰かは同衾しなければ寝られないだろう。 女性二人、男性四人で分けると計算されたように綺麗におさまるって言うね。 常識的に考えても、この部屋割りが一番の正解だと思います。 それに何かをするにせよ、大部屋を通らなければ外には出られないし、そういう意味ではそこに猿飛さんたちがいることを、誰よりも彼らが望んだことだった。 それくらいで安心を買えるのならば、お安い御用ですよ。 「もともとは女性一人用の部屋、なのでしょうね…。あっちは…猿飛さまにも約束させた以上、下手なことはしないと思いますけど…。」 あのやり取りは正直見ていてあきませんでした。 小気味よいというか、正直やり込めたいと日々狙っている身としてはぜひともその極意を伝授してもらいたいくらいです。 「まぁ、心配してても仕方ないですし。とりあえず、お風呂行きましょうかねー。」 がさごそと荷物を漁る。 さすがにシャンプーリンスはまずかろうと置いてきたけど、代わりに米ぬかの包みをあやめさんに用意してもらっていた。 えっと、後は手ぬぐいと…ブラシは一応持っていって…。 ふと、横を見ると悩んでいるさんがいて、手を止める。 ん?部屋割りがだめでしたか? 「えっ…えっと…。」 もじもじと私の手元をちらちらと見つめる。 あぁ、そうか。 混浴、ですもんね。 が、私はその対策を一応練ってはきているんですよ。 「はい、これどうぞ。」 「これ…は?」 「湯帷子、ですよ。お風呂に入るときに身に着ける着物、といえばいいですかね?まぁ、混浴でよくある水着代わり、ですね。」 「な、なるほどっ…。」 あやめさんに混浴を相談したところ、持たせてもらったのがこれだった。 これならば男性に見られても、まぁ大丈夫だろうと。 ただし、真田さんと一緒に入浴するのは避けたほうがよいと念も押された。 …まぁ、それはなんとなく、わかりますけども。 「ちゃんと宿の方の許可はもらっていますから、大丈夫。温泉でタオルをつけちゃいけないという決まりはここではありません。」 そういってもう一着取り出す。 温泉はやっぱり何回も入ってこそ、だと思うから念のため2着用意してもらってたりするんですよね。 「ほんと2着もってきといてよかったですよ。これなかったら、さん、薄い手ぬぐいでしか入れませんでしたよ。」 「ほ、本当にありがとうございますっ…。」 何よりアドバイスをくれたあやめさんに感謝しなきゃ! あと、いくらそういう習慣がないわけじゃないとはいえ、やはり自分の周りは全員裸だろうし…。 一人湯帷子を着て入る勇気も、実はあんまりなかったりしました。 でも、さんがいれば、その勇気もわいてくるというもので。 われながら現金だとは思うんですがね…。 これを着さえすれば、真田さん…は無理だけど、猿飛さんとは入れるわけで。 怪我の具合、あまりよくなければやはり補助も必要だろう。 それに、わき腹の火傷は治りが特に遅いと聞く。 あやめさんから薬ももらっているし、お風呂入って清潔にしたら…えっとこれを塗って…。 そうそう、新しいさらしも準備しないといけない。 てきぱきと準備する傍らで、さんもお風呂に行く準備を始めていた。 ● ● ● 襖の向こうから聞こえてきた会話に舌打ちをする。 「ちっ、余計なことを…。」 ちゃんに混浴なのは来る前から伝えていた。 といっても、人のいない時間を行けばいいと半ば諦めていた。 が、ここで思わぬ仲間ができてしまって。 彼女から促されれば、入らざるを得ず、かといって人前に、しかも明るい時間に肌をさらすのも…とてっきり断るかと思いきや…。 向こうのほうがまさか湯帷子を準備しているとか…。 俺が準備してたの無駄になったじゃないか。 しかも、自分の発言が微妙に足りなかったせいで、旦那に誤解を生んでしまった。 「佐助!まだ減給は足りなかったか?」 「旦那っ、もうこれ以上は勘弁してよ!!」 別にちゃんの裸が見たいわけじゃないからねっ! ほかの男に見せたくないだけであって! ………ちょっとは期待しなくも、いや、これいったら殴られるからやめよう…。 ただでさえ給料減らされてるって言うのに、これ以上減らすことはさすがにしたくない…。 部屋には男4人が思い思いに座っていた。 一応、形式上では俺らが泊めてもらっているということになっているので、ちゃんの指示に従い、変なことはしない。 でも探ることはやめられない。 意志などではなく悲しいかな、忍びの性だった。 とりあえず、真田幸村と猿飛佐助に関しては同じ人間といってもおかしくはない。 身体的特徴、性格、体力、力その他もろもろ、同じと見ていい。 唯一違うのはあっちの俺が…怪我をしているということくらい。 正直、初めに刃を交わしたときはそんなこと微塵もわからなかった。 いや、わからせようとしなかった。 そりゃ、俺だってわざわざ弱点さらすほどお人よしではないから、そうするのはわからなくもなかったが。 それを抜きにしても、何かをしながら片手間に倒せるような相手ではない。 しかもお互い様子見で実力を出し切ってなかったというところがいやらしすぎる。 旦那に関して言えばこちらも同じ。 もちろん、打ち合う姿を見たわけでもないからまったく同じかどうかはわからない。 しかし、体躯を見た上で、自分たちの力の拮抗を考慮すると、こちらも実力は一緒だろう。 むしろ怪我という不利がないからこその、同じ、だろう。 はぁ…いやになるねぇ、ほんと。 差があるとすれば…さんとちゃんくらい。 若干…本当にほんのわずかくらい体力に差がありそう。 が、いたって普通の人だった。 刀とか持たせたとしても振り回すことができないくらいの普通の人、だった。 …なんか…もしかして…さんの言う通り…警戒するだけ損? それがわかっているのか、はたまたさんの言うことが絶対なのかあっちの佐助はのほほんと旦那に茶を出してるし。 「なんかあっちの俺様も苦労してんのね…。減給かわいそう…。」 それは余計なお世話だ。 言われた同情の言葉に、手の中の湯飲みをうっかり割りそうになる。 あまりに的を得すぎて。 「もぐ…、それより怪我の具合はどうなのだ?殿はすばらしい医者と聞く。ついでに診てもらっては…もぐ、どうだ?」 あんたは夕飯前に団子食いすぎだ。 底なしか。 旦那もうらやましそうによだれたらすんじゃない。 じろりと睨むと、わざとだろう、俺に対して人差し指でわざとらしく指してきた。 「いや、遠慮しとくわ…。なんかそっちの人が睨んできてるし。」 当たり前でしょ、そんな簡単に医療技術教えてやるかよ。 ちゃんが治療したいとうずうずしてるの抑えるのどんだけ大変だと思ってんの。 ただでさえ、怪我人と見ると何も言わずに治療しだすというのに…。 「というか夕飯前に食べすぎ!没収!」 「佐助ぇぇ…。」 まだ残っている団子を取り上げ、竹の皮に包むと、これ以上ないというくらいがんじがらめに縛り上げる。 あの縛り方は素人じゃ解けやしない。 つまり、それだけ没収が本気ということだ。 見えた展開に佐助は膝をついて項垂れたくなる。 なんという、いつもの見慣れた光景。 しかもそれを客観視することで、こんなにも自分が切なくなるなんて…。 「もういや…この人たち…。」 佐助は、それはもうさめざめと泣いた。 ● ● ● 襖を開けると、思った以上に和んだ彼らの姿があった。 一人はお茶を飲みさんに微笑み、もう一人は脱力しつくし、そして後は仲良くお土産を取り合い…じゃなくて、あれは間違いなく甘味を没収中だな。 …なんだ、心配して損した。 結構仲良しじゃないですか。 これなら、一人引き連れていっても大丈夫かな? 「猿飛さーん、何やってるんですか。ほら、温泉行きますよ。」 竹紐でぐるぐる巻きに去れたものを猿飛さんから奪い、立つように促す。 これの中身は…団子か。 自分が動かすたびに目線が二つついてくる。 はいと真田さんに渡し、猿飛さんにもう一度促す。 「さ、準備してください。」 「え゛、…え、遠慮しときまーす…。」 引きつったような笑みを浮かべ、後ろに下がる。 相変わらず、怪我をしたらお風呂に入りたがらない人だな。 怪我をするからこそ、清潔を保たなきゃいけないのに。 別にお湯に頭から突っ込ませるわけでもないし、温泉が傷にしみる硫黄泉や塩泉というわけでもない。 さすがに硫黄泉、塩泉だったら自分がまず止めますって。 「何のためにここに来たんですか。ほら、手伝ってあげますから入りましょう?傷口にお湯あんまり当てちゃいけないし、かといって体は清潔に保たないといつまでたっても火傷治りませんよ?」 「そうだぞ、入ってまいれ。」 甘味が戻ってきた真田さんは上機嫌だ。 しかし、簡単に解ける結び目ではないらしく、奮闘しながらの返事ではあったが。 というか、夕飯前にこれ以上ものを食べて、夕飯ははいるんだろうか? 真田さんは一緒に誘っても…私たちが入る段階で入らないだろうしなぁ…。 そもそも、いつもの真田さんだったら一緒にお風呂に入るという段階で破廉恥!といいそうだけれど、今は団子の包みに夢中で気がついていない。 恐るべし団子の魔力! そして、あちらの二人は…さんにお願いしているから…入りたければついてくるだろう。 「旦那完全に他人事だろ…!っていうか旦那に手伝ってもらうからいいって。二人で入ってくれば?」 「そのさんの指導があるから入れるんでしょうが。お湯には雑菌も含まれるから注意しないといけないらしいですよ。」 「そうですよ、猿飛さま。両手に花でいいじゃありませんか。」 がしりと猿飛さんを両脇それぞれに抱える。 お、さん、ナイスアシスト! 早くと促すと、ようやく重い腰を上げてくれた。 「もう…どうにでもして…。」 しくしくと泣くかのように両手で顔を覆っている。 間違いない、嘘泣きだ。 脇に触れないようにして立ち上がらせる。 さぁさぁと背中を押すと、いってらっしゃいの言葉の変わりに、真田さんがあちらの佐助さんにお願いする声が追ってきた。 「えっと、佐助。その…この紐を取ってくれ。」 「……、…夕飯前の団子は禁止です。」 「むう…。」 ほんと、普通の主従みたい…。 ついつい苦笑をもらしてしまった。 ほんと心配していたのが馬鹿らしいくらいに、この数時間でなじんでしまって。 もともとよい関係を築けていた二組がただ単に一緒にいるだけのこと。 本質など、私が心配するよりも彼らのほうがよくわかっているのだから、それは当たり前のこととも言えた。 まぁ、今はとりあえず温泉温泉! ものすごく上機嫌なに、は笑みを深めた。 ● ● ● 猿飛さんを拉致して、ついた温泉に人はいなかった。 時間が夕方前ということ、あとはお祭りの神輿が通る時間らしく、そちらに顔を出す人間が多かったみたいで。 しゃんしゃんと清廉な鈴の音がよく聞こえてくる。 私が後ろ髪を引かれるように外を覗こうとぴょんぴょんはねる姿に笑い声が重なる。 さんがそれはもう楽しそうに笑っていて。 ちょっと恥ずかしいと、ごまかすように愚痴をこぼした。 「はぁ…どうやっても見えない…。」 「そんな簡単に外が見えてしまってはいけないのではっ!?」 「いや、まぁそうなんですけど…。」 ようやくあきらめ、お互い着替え始める。 「そういえば、夜は夜でお祭り、続くみたいですよ?」 「そうなのですか…?」 「さっき猿飛さんが、宿の人に教えてもらったそうです。」 なんでも提灯を持った列が山まで続いて綺麗だとか。 完全に裸になり、取り出した湯帷子を身につける。 比べてしまうというのは人間、仕方のないことかもしれないけれど、自身と比べなんて細い人なんだろう。 馬番の仕事をしてから大分細くはなったけれど…その分筋肉というものがどうしても伴ってしまって。 無骨というほどついてるものではないけれど、やっぱり女の子は柔らかくないと! 力こぶを作ったら容易にできてしまう自分が、ちょっとだけさびしくなった。 おなかも…余分な肉がない分…触り心地はよろしくない。 これ以上鍛えないほうがいいのかな…? でも馬番の仕事には必要だからこれは仕方ない。 それに、彼女は手が綺麗で綺麗で。 まじまじと見たわけじゃないけれど胸も、いやなかなか…。 どこをとっても女性らしいたおやかで柔らかな姿は、女性のから見てもうらやましいと思った。 それに、誰に対しても優しい態度、そして一生懸命さ、こりゃ回りがほっとくわけないですよねー。 自分となんと違うのだろう。 馬番の男性陣に囲まれ、もちろん女性として扱われたことはない。 それはそれで認められているということだから気にしたことはなかったけれど…。 もうちょっと女性らしいことをしたほうがいいのだろうか? いや、そんなことをしたら猿飛さんあたりから明日火の玉が降るとか言われそう。 自分らしからぬことをやってもいい事があるわけでもないから、特別やったりするわけじゃないけれど。 羨むくらいはしてもしてもいいと思うんですよね。 だって彼女は一人の武将さんと忍隊の長を夢中にさせているわけで…。 その時、男性側の着替えがにわかに騒がしくなる。 多分、二人が来たのだろう。 さんを一人にさせないために。 騒がしくなった向こうの雰囲気を察し、さんの顔が赤くなる。 ただの大事な仲間くらいなら、こんなに過保護にはなるまい。 おそらくは…大事な人、なのだろう。 それもお互いに。 そりゃ、そうもなりますよね! 女の私がうらやましがるくらいだし。 ようやく落ち着いた声に、全員がお風呂のほうへといったことを知る。 おっと、いけないいけない。 さんたちへの邪推は置いといて、今は自分の仕事に専念せねば。 猿飛さんのお世話セットをもってと…。 いざ温泉! ● ● ● 木の扉を開くと、それまで薄かった温泉の香りが襲ってくる。 これこれ!温泉はやっぱりこうでなきゃ! 上機嫌でお風呂を見渡すと、見知らぬ人はいない。 が、見知った集団が浴槽の近くで騒いでいる。 あきらめたお神輿の代償と思えば安くはないが、それでも独り占めかと思うとやっぱりうれしいもの。 立ち込める湯気を掻き分け、二人で行くと騒ぎがぴたりと収まる。 結局全員そろってるし、まぁ温泉は全員で楽しむものですしね! うむ、喧嘩もしていませんね。 よしよしと思い、猿飛さんを手招きする。 「背中流しますね。」 傷口にかからないようにお湯をかける。 温度は大丈夫と思うんですけどと問うと最後といわんばかりにしつこく反論が返ってきた。 「いや、それくらいできるんですけど…。」 「はいはい、わがまま言わないで。あやめさんから長たちの面倒をお願いしますって言われてるんです。」 「あんの野郎…。」 この際だから背中つるっつるにしてやろうと米ぬか袋を背中に擦り付ける。 たくさん、たくさん、傷跡の残る背中を。 この背中だけで、どれだけの人を守り、どれだけの修羅場をくぐってきたのかがよくわかる。 本当によく生きていたものだというくらい大きなものもある。 いけないいけない、ここでしんみりなってどうするんだ。 「猿飛さんのことを心配しているあやめさんに八つ当たりするのやめてください。それなら最初に怪我をした自分と、真田さんに八つ当たりしてください。」 「…旦那はいいわけ?」 「真田さんは猿飛さんに後れを取りませんからね。」 そもそも怪我の原因は、試合に熱くなった真田さんがうっかり炎を出してしまったからで。 いまだに膿んだ状態の火傷の跡に、は顔をしかめた。 こんな状態でここまで馬を運転させた上に、猿飛さんとも喧嘩するなんて…。 それが彼の仕事とはいえ…なんて大変なことなのだろうと思う。 でも、その仕事の一つには私も含まれていて…本当に申し訳ない気持ちになる。 だからこそ、口を挟めなかった。 この温泉で少しでも早くよくなりますように…。 そう念をこめて背中を流す。 暗くなった思考を追い出すように、息を吐いた。 そして大きく息を吸い、叫んだ。 「次は真田さんの番ですからね!」 「うえぇっ!?そ、某は結構でござる!!!」 ばしゃんとあせったように立つ水音に、真田さんの真っ赤な顔が容易に想像できて、つい笑いを漏らした。 その笑いを聞きとがめた猿飛さんに注意を受ける。 「ちゃん、旦那達からかってるでしょ…?」 「ばれたか。」 ←back next→ |