第二話




現代からきました


まるで、探り合いは性に合わないとでもいうように、そう笑顔で告げる彼女に私は言葉を失った。


それは確かに「現代女性」の考え方。


信じられない話ではあるけれど、先ほどまでの真田さま分裂事件よりは信じられる。


実際、この世界に自分がいるのだから。


そんな彼女になんて言葉を返そうかと思案していると、彼女が付け加えるようにして「お祭りですし」とこの不可解な状況に理由をつけた。


状況に理由を…というよりは、開き直るための理由としてかもしれないけれど。


…………。


いや、確実にそう…!!



「……考えても仕方がないことって、ありますけれどね…や、それはこの世界に来てから嫌っていうほど知りましたけど…!!」

「あ、諦めの境地ですね」

「しかたがないです!戦国乱世、開き直らなきゃやっていけないことも多々あります!!」



ぐっ…と、拳を握り締めどこか自分に言い聞かせるようにして前を向く私に、彼女が「やっぱりそうなりますよね」なんて、苦笑をもらす。



「でも、話が通じそうな方で良かったです。そして、猿飛さんがここにいなくて良かった」

「やっぱり、そちらにも猿飛さまがみえるんですね。あ、そういえば…うちの猿飛さまは…」



状況が状況なだけに、つい今までその存在を忘れてしまっていたけれど、猿飛さまはどこにいるのだろう。


まさか、神隠しにあったのは私と真田さまだけ…なんてことはないと思うし、この騒ぎで姿を見せないということは…。



「もしかしたら…宿に戻っているのかも…」

「え」



明らかにまずい、という顔をした彼女に首をかしげる。


そして、なぜかと私も自分で問う前に気づいてしまった。


嫌な予感を振り払うようにして、私は全力で否定の言葉を口にする。



「いえ!大丈夫です!!こんなにもたくさんの旅籠があるのに、まさか同じ宿をとっているなんてそんなこと…あ、あるわけが…」

「私だって、そんな偶然ありえないと思っていますよ?でも、悪いことって重なるんですよね…」



それはまずい、ものすっごくまずい。


ついさっき知り合ったとは思えぬほど、それよりも同一人物でない人『たち』のことを考えていとは思えぬほどの、このシンクロ率。


こんな状況でなければ、きっと笑いあえただろうに。


私と彼女はどちらからでもなく、沈痛な面持ちで視線をあわせた。



「いっせーの、で…お店の名前、言ってみますか?」




















「「真田さん・さま!!」」

「「な、なんでござろう!?」」



ああ、なんて奇妙なやり取り!


こんな状況でないのなら、ムービーを撮って永久保存しておきたい!


日付が変わればリセットされるとわかっていてもっ!!



「宿に戻りましょう!」

「宿に戻りますよ!」



私も彼女も、自分が話すべき相手を間違えることなく、戻ってきた真田さんにずずいと詰め寄る。


同じ着物をきて、同じ歩き方をし、そして同じ顔をしているのに、よくもまあわかるものだとちょっと自分を褒めてあげたい。


けれど、今は冷静にそんなことを考えている場合ではないのだ。


例え、うちの真田さんは顔を真っ赤にさせているのに対して、あっちの真田さんは彼女を落ち着かせようと肩に手を置いていたりしても…って、すごいな、あっちの真田さん!



「真田さま!相手の猿飛さまは怪我をされていて…!で、でもっ!うちの猿飛さまは絶対そんなの気にしないで切りかかると思うんです…!!むしろ、同じ顔をしていることで間者とかそっちの線で相手のことを勘ぐるはず…っ、それで、動けなくなってから口を割らせて…「殿、落ち着いてくだされ!佐助はそのようなことを………するでござるな、確実に」

「や、やっぱりぃぃいい!!」



会話を聞いていると、つい真田さんに早く戻ろうと直訴するのも忘れ二人してそちらの掛け合いを見てしまう。


あ、やっぱりそんな人なんだ、猿飛佐助。



「武田のDNA恐るべし…や、DNAっていうのか、この場合…」

「でぃーえぬえー?」



あいもかわらずひらがな発音の真田さんに少し癒されるが、そんなことをしている場合ではないと我に返る。



「あっちの方々も、私たちと同じ宿をとっていたんですよ。しかも、あっちの猿飛さんが宿に戻っている可能性があります。うちの猿飛さんとあっちの猿飛さんが取るだろう行動、わかりますよね?」

「な、なんと…!ぐっ、怪我をしていない状態ならば、佐助が佐助に遅れをとることなどないと思うが…!「な!それは聞き捨てなりませぬ!某の佐助も、怪我をしていないとしても佐助に遅れをとることなどありませぬ!!」

「なにを申されるか!某の佐助とて、この幸村と同じお館さまにお仕えする武田屈指の兵!!佐助にそう簡単にやられるほど弱くはありませぬ!!」

「それはこちらとて同じことでござる!」



…正直、ややっこしいわ!と、ちゃぶ台をひっくり返したくなったのは私だけだろうか。


どっちの佐助さんも佐助さんだのだから、真田さんのように多少性格の差はあったとしても力は均衡しているんじゃ…とかなんとか考えていると、同じことを考えていたのかいつのまにか隣にいたさんが小さくため息を漏らした。



「…うちじゃない方の猿飛さま、お詫びに手当てさせてくださるかしら…」

「すみません、無理だと思います」




















あれから、最終手段『私たちだけで宿に戻っちゃいますよ!?』を発動し、なんとか真田さま二人を連れて宿に戻れば…



「「あ、おっかえり〜」」



店近くで、ダブルの猿飛さまに出迎えられました。


あれ、なんで仲良しなんですか?


と、突っ込みを入れようとして、寸前のところで思いとどまる。


二人とも、顔は笑っていても目が笑っていない上に…まったくもって刃から手を放す気配がない。


けれど、こちらにいる二人の真田さまを見てお互いようやく納得…というか、一時休戦の理由はできたようだ。



「信じられない話だけどねえ…」

「本当に。俺様ってば、こんなにねちっこい戦いするやつだったっけ?」

「そこはお互い様でしょ」



「猿飛さま、お怪我は?」

「ああ、『二人とも』ないない。大丈夫」



あは〜、さっきまで近くの林で接近戦してました。


とでもいうように、髪やら服やらに小枝などをくっつけていた猿飛さまに近づき、それを丁寧に取り払う。


なにはともあれ、御無事でよかった。



「ん、ありがとね。ちゃん」

「いいえ、御無事でなによりです。…心配しました」


ちゃんはとってくんないの?」

「お望みなら、手伝って差し上げますよ?…私も、心配しました。もうちょっとうまくかわすとかできなかったんですか?」



そう言いながらあちらの猿飛さまに向かって腕を伸ばす彼女。


それを受けて、自ら少し腰を落とし、彼女にほほ笑む猿飛さま。


見ていてなんとも微笑ましい二人だ。


それはもう…こっそり勘ぐってしまうほどに。




「相手は俺様よ?そんなうまいこと逃がしてくれると思う?」

「無理ですよね、ごめんなさい」

「そこで素直に謝られるのもどうかなあ〜」



女性二人と猿飛さま二人が和やかに会話するのに対し、真田さま二人はなにやら対照的な面持ちでこちらを見ている。


一方は満面の笑み。


そしてもう一方は……。


それを見て、ああ、やっぱりまだこだわってみえたのか…と、私は一人、猿飛さまに同情した。



「…佐助」

「ん?はいはい、なんですか、旦那?」

「……減給だ」

「はあっ!?ちょっ、いきなりなに言い出すんですかっ!?」


「さすがは某の佐助!某も主として鼻が高いぞ!!」

「は、はあ…そりゃ、ありがたき幸せ〜…って、ちゃん、これいったいどういうこと?」

「あ〜…真田さんは二人とも、猿飛さんのことが大好きで信頼しているってことです」

「…ねえ、いま明らかに説明面倒になったでしょ」




祭りの雑踏に負けないぐらいのにぎわいをみせるこの一角。


現代からの迷子二人に、真田幸村、猿飛佐助が各二名。


なんの因果か偶然か。


それでも、まあ…これも何かの縁とこの奇妙な出会いを楽しむことにしましょうかと私はこの世界にきてから何度目かの開きなおしを実行した。


だって…彼女が言うように、今日はお祭りなのだから。





←back next→