第十六話




とぼとぼと城に続く道をゆっくり歩く。

忍び組の人から社の中にいるよう再三言われたけれど、どうにも落ち着かなくて、結局こっそり抜け出してしまった。
もう、あの馬泥棒さん達も捕まったんだし、祭りに乗じて悪い事をするような人間がまさか城にくるわけもないだろうと(来たら来たで二番煎じもいいとこだし)思ってのことだった。

今頃は、神主さんから祝詞をもらった参加者さん達が流鏑馬のウォーミングアップを始めている頃だろう。
予定では…最初は本当の一般参加者から。
その後にちゃん達が射て…最後に真田さん達。

そうとわかっていても、の足は会場に向かう気配を見せなかった。
むしろこのまま城に帰ろうとしている。

すれ違う人々の多くは皆楽しそうに神社の方へと向かっているから、その流れに逆らうようにして進むしかない。
祭りの喧騒はまだまだ周囲を漂っているせいか、しょんぼりとしたの周囲はまるで空間が切り取られているかのように静かだ。

なんか…ちゃんとギクシャクした手前、しょんぼりを顔に出して流鏑馬を見学するのもなんだか申し訳なくて…。
ギャラリーはたくさんいるんだから、私一人くらい見なくても…うん、大丈夫。
あっちの真田さんや猿飛さんだって見てるだろうし、真田さんも猿飛さんも参加する。
元々私は並ぶ馬たちの調整やら飾り付けやらを任されていたから、流鏑馬参加の馬たちは宗秀さん一人で事足りるだろう。


そんな役立たずが何知ったように説教してるんだか…。


ふっと自嘲気味に笑う。

非難されるべきは馬泥棒たちであって、ちゃんじゃない。
それに…ちゃんが言う事も、もちろん理解もできる。

私だってお世話になったら恩を返したいと思う毎日だ。
実際、今それでこうやって頑張っているようなものだし。
それとはどう違うんだろう。

恩に報いる方法は確かにたくさんあると思う。
私みたいに日々の働きで返す事もその一つだと思うし、ちゃんみたいに盾になることで返す事もできるだろう。


でもそれは…私がお願いした事じゃない。


私がして欲しいって心から望んだ事じゃない。


助けてくれたのは感謝しているし、それに関しては文句の言いようもない。
実際、猿飛さん達が助けに来てくれなかったら、そのまま国外に連れ出されていて、それこそちゃんが心配した手篭めな展開だって出くわしていたかもしれない。

じゃぁ、何が不満かというと…怪我をしたことだ。
私のせいで怪我をするような危ない事をさせてしまったことが不満なんだ。


それならば…猿飛さんみたいに無傷なら、違った?


いいや、それでもきっと後からそういう事をするなと言い合いになったに違いない。
だって、ちゃんにとってはそれが当たり前だから。
私にとってはそれは当たり前のことじゃないから。
多分、これは説明しても納得してもらえるものじゃないんだろう。



………みんなそう。



それなら私なんていなければいいじゃない、なんて極論に行き着くしかないくらい、私と私以外の人の意見が違って。
もちろんそれは今でも誰からも受け入れられなくて。
どうやっても理解してもらえないそれにジレンマを覚える事も一度や二度の話じゃない。



あー、やめやめ。



この考えは本当に根本から考えが異なるから、答えが出るものじゃないって事は今まで散々悩んだ自分が一番理解している。
それならば、それを不満に思っている事を、ちゃんに伝えるにはどうしたらいい?
傷ついてほしくない、死んでほしくないんだってことを伝えるにはどうしたらいいんだろう。

私が盾になってみようか?
うん、軽く死んじゃうだろうね。
これは却下だ。

というか私がちゃん庇って怪我したら事が猿飛さんにばれたら、今度は本当に猿飛さんとちゃんの間に深い亀裂が生じて確実に埋まらない。
もっとこう安全な方法で…かつ、円満解決に至るような…。

歩みを止めて、桜の下で考え込む。

ちゃんが大事なんだって事が伝わってくれたらいいんですよ。
ちゃんが私の事を大事に思ってくれているのと同じくらい、私もちゃんに怪我して欲しくないって思ってるって。
私がちゃんを庇ったのは、私を守ってくれる人が欲しくてとか、そういうんじゃなくて…。



…ただ、お友達が欲しかったから。



同じ境遇というだけで簡単になれるものじゃないのは知ってるけど、それでもちょっと年の離れた妹みたいに、恩人じゃなくて友達と思って欲しいんだ。
だから…守ってあげたかった。
すごく苦しんでいたのを知っていたから。
見慣れた場所で、見慣れた人達に、知らないと言われて震えるくらい怖がっていたちゃんを支えてあげようって。

幸い、向こうには私と同じ人がいなくて、同じ境遇でいきなり甲斐に送り込まれた私なら、彼女の心境を理解してあげられるって思って。
そう思ってて…多分私も同情して欲しかったんだ。

傷の舐めあい、なんていい方は言葉が悪いけれど…。
だから友達になれたんだと思っていたけど…。

あちらの真田さん達が迎えにきてくれて、やっぱりちゃんは私とは違うんだって…。
私とは違う、こちらの真田さんや猿飛さんと同じ括りの人なんだって…。
そう理解してしまったから…ショックで…。


「ぅー…。」


いい年して何やっているんだろう…。
仲間集めはせめて高校くらいで卒業しておいてほしいんだけど。

そう…自分に呆れはしても、寂しさが押し寄せてしまえば、ずるずると思考は引きずられていく。

乗馬だってそうだ。
ちゃんが乗れたときショックだった。
真田さんの部下なんだから乗れるの当たり前のはずなのに、その時はまだ私のほうの人間だと思っていたから。
なんか私と違うんだって言われたみたいで。

通りとは反対側の桜の幹の根元にちっちゃくしゃがみこんで、膝を抱え込む。


仲間はずれ、かぁ…。


地面に『の』の字を書く勢いでうじうじと足元の雑草をうりうりと触る。
ぴりと痛みが走って、指先を見たら萱で手を軽く切ってしまった。


もー…、泣きっ面に蜂とはこのことじゃない…。


でも、ちょっとだけ冷静になれた、かも…。
手ぬぐいを取り出して、滲み出した血を止めるように押さえる。

勝手に友達認定していたのは私の我侭だ。
それを違うという不満をまるで正論のようにかざされてもちゃんも困惑してしまうだろう。

実際困っていた。

ちゃんと…謝らないと、いけないよね…。


「そうだ…真田さんにも…謝らなきゃ…。」


私のせいでちゃんを怪我させてしまった。
あちらの真田さんがちゃんの事をどう思っているかは知らないけれど…こちらの真田さんが似ていることはちゃんから聞いている。
きっと部下思いの、優しい人に違いない。

いるとしたら…流鏑馬の会場だろう。
ちゃんの晴れ舞台を見ないわけがないだろうし。

…さすがに参加はしないだろう。
うん、参加希望の受付は私がまだ城でうろうろしていた時刻に締め切られていたから、そっちは大丈夫。
これで、真田さんが二人とかいたら、混乱必至というか…小助君って思われるかな?

どうしようかな…今更戻っても…。
そこまで思った瞬間、急に日が翳ったかと思うと、目の前に何かが降ってきた。


「ひっ!……………び…び、っくりした…。」


心臓が止まるかと思った…んですけど!!!!


桜の枝に足を掛け、逆さになった猿飛さんが笑顔でどーもと手を振っている。
その位置が近いのと、人の顔が逆さにあったのと、とにかく色々あって急に降って湧いた登場に、心臓が口から飛び出すかと思った!

もう!と思いながら、その逆さの顔を見る。
上下さかさまになっているから…なんとなくしかわからないんだけど、いつもの猿飛さんの笑顔と違う気がする…んですよね…。

よくよく考えれば、猿飛さんは天狐仮面として流鏑馬に参加するから、すでに神社に拘束されている。
だから、自ずと答えは出ていたんだけど、の所の佐助はてっきりの流鏑馬を見学する幸村の傍にいるものだと思っていたから、目の前に現れるとはは微塵も思わなかったのだ。

痛いほどに早鐘を打つ心臓を落ち着けるよう、胸元をぎゅうと握り締めて、深呼吸を繰り返す。
どうして忍者さんってこんな風に人の寿命を縮めるような登場の仕方をするんだろう…。


「えっと…ちゃんのところの猿飛さん、ですよね?」

「うん、よくわかるね。」

「なんとなく、ですけど…。」


にこりとした笑顔を一切崩さず、いつの間にか前髪の上に落ちていた花びらを一枚一枚丁寧に取られる。
それにありがとうございますと礼を返しながら、彼ならば主の場所を知っているのではないかと、は口を開いた。


「…あの、真田さん…ちゃんのところの真田さんはどこにいらっしゃいますか?」

「旦那?旦那に会ってどうすんの?」


ずっと逆さのままで頭に血は上らないんだろうかと心配になりながら、首を傾げる。
そんな私の質問に、あちらの猿飛さんは疑問で返してきた。
あいかわらず、顔には笑顔の仮面が張り付いたままだ。

なんだか懐かしいなと、心の中で憧憬に耽りつつ、笑わないよう気をつけながら言葉を選んでいく。
多分、こちらの猿飛さんがちゃんを警戒していたように、彼は私を警戒しているだろうから。



どれも同じ上田の中で、私だけが彼らの世界に『いない』存在だろうから。



だって…私だけ、もともと上田には『いなかった』から。



「えっと…お話したいなって。だめでしょうか?」

「その話す内容に寄っては案内してあげるけど。」

「その……ちゃんに怪我をさせてしまって…ごめんなさいと、謝りたくて…。」


どうしようか…。
無理にお願いして反感を買うくらいなら、伝言を頼んだほうがいいんだろうか?

というか、彼らは帰るあてはあるんだろうか…。
それすらちゃんに聞いてなかったなと、今更ながらに反省する。
少なくとも、ちゃんは流鏑馬は参加するみたいだけど…。


「………そんな事をわざわざ?」

「大した事、ですから。」


女の子の顔なのに…!


ちょっとだけむっとしながら言い返すと、猿飛さんの顔から笑いが消えて呆れた表情が広がった。
視線はとっても冷ややかだ。
でも、私の視線も多分似たようなものだ。
それをわからない鈍感な人じゃないことも知ってる。
だから、目線を逸らさず私もその空気を維持し続けた。


「そうやって保護者気取り?」

「いえ…そういうわけではありません。」


ストレートに吐く辛辣な言葉に…あちらの佐助さんの本音が見えた気がした。
多分だけど…ちゃんと私達が親しくなる事に不快感を持っている。


そこにちゃんの抱く恩があろうとなかろうと。


保護者気取りという言葉は、そういう事を思って欲しくない裏返しで。
嫌味のようにも聞こえるけど、それは佐助自身が佐助以上にと親しい人間を蹴落としたい愛情表現にも見えた。
そして、ちゃんと真田さんに、近づかれるのも嫌がっているようにも見えるし…。

それで、素直に教えてくれるとは、やっぱり思えなかった。


………どこの世界でも猿飛佐助という人間は厄介なんだなと、少しだけは表情を緩めた。


うん、この目の前の人は…金属の刃のように、感じる温度が冷たい。




■□■□■□




街で小競り合いが発生したせいで消えた忍隊長の後姿に手を振っていると、こそこそと社の敷地を出た女の姿を確認した。
ほんの僅かな興味を持って、こっそり後を付けてみれば城の途中で道草を食っている。
あれは一体何をしたいのだと観察していると、ため息ばかりで。
いい加減焦れて姿を現せば、まるで幽霊でも見たんじゃないかと言わんばかりに息を大きく吸い込むのがわかった。

そのまま息を止めて、一…二…三…四…。
驚いたという声と共に吐き出した息は、由に六、七くらいまで数えたような気がする。


どこをとっても普通の女だ。


猿飛佐助が、まるで宝かと言わんばかりに抱きかかえられるような存在である価値がどこにも見当たらない。


だからこそ、なんか面白かった。
自分と姿かたちが同じ存在が、おそらく根本にある心根すら同じ人間が拘っているなんて。

この女と旦那とは違う。
武田という存在とも、上田という街とも、真田という血とも違う。

これを切り刻んでみたらと思うと、ぞくぞくと悪い快感が背筋を走り回ってしまう。
人を殺めた後に恍惚に浸る感覚と似ている。
これに抗うのも難しいことじゃないけれど、あの俺と同じ顔をした存在が、傷つける事を匂わせるだけで色を無くして殺気を撒き散らした。


この誘惑は…ちょっと抗いがたいかもしれない。


試すようにといわれた女の頭に手を伸ばす。
一切抵抗なくなすがままの様子に半ば呆れつつ、落ちた桜の花びらを払うと、一瞬きょとんとしたかと思うとありがとうと礼を言ってきた。
同じ姿をした人間と勘違いしているわけじゃない。
それでも、男に髪を触らせるなんて貞操観念がないというか、平和ボケしているというか…。

こちらの上田城にいたら、一番に死ぬ人間だなと確信する。
そりゃ、あれだけ守ろうと思うわけだ。

ただ、守る理由は分かったものの、その見返りがわからない。
もっと、何か秘密があるんだろうか?

戦力にならないことはすぐにわかった。
あれだけしか筋肉が付いていないのならば、武器を奮うこともできまい。
かといって、のようにそれを補う婆娑羅があるというわけでもない。
ごく普通の一般人だ。
ますますこの上田にいる理由がわからない。

こちらの佐助だけではない。
視線で探ればいたるところに忍隊、兵士が配置されていて。
街を守る目的であることは明白なのに、視界に入る女を彼らがいちいち目で追う。
つまり…注目してでも守る人間なのだ。
そういえば、神事をほったらかしに駆け付けた幸村も、誰よりもまずのことを心配していたなと佐助は思い出す。
一瞬、大将の隠し子?とか思わなくもなかったけれど、その割にはのほほんとしすぎだし。

それに、それだけ網目状に配置されていれば、この上田の内部に入り込もうとする外の勢力を警戒している事がよく分かる。
もし仮に同じような祭りを行うのならば、自分もそうせざるを得ないだろうから。
状況によっては…こちらでも戦も起こりえるわけだ。


これ、別にいなくてもいいんじゃない?


しかも、旦那に謝りたい?
あんたは能力一切ないくせに何様なわけ?

ただ飯食らいじゃないみたいだけど、どうにも思考が旦那と近しい位置にいるせいか、いらいらが佐助の中に積もっていった。


「あのさぁ…、」

「はい?」


目をぱちくりとさせて、首を傾げるに、ぴくりと片眉を佐助は動かした。
いらいらとした表情を隠すこともできずに、口調も乱暴なままつい話しかけてしまう。


「あんた見てるといらいらするんだよね。状況知らないけど勝手に人質になって勝手に他人が怪我した事に傷ついて。誰が一番傷ついたと思ってんの。あんたじゃないでしょ。」


それを被害者面して、ちゃんを責めるとかありえない。

佐助は陣幕の中の会話を拾っていた。
戸惑って、いつもははっきりと張っている肩を落としたの姿も見ている。

しかも今度はここでお世話してたか知らないけど、怪我させた事を旦那に謝りたい?
どこまで態度がでかいんだ。
お前は万能な神様とか仏様みたいに偉いやつなのか。

そう咎めた視線で見ていると、女の顔が下を向いた。
さすがに泣かせてしまっただろうかと思ったが、佐助にとっては蚊にさされたほども痛くはない。
これをにでも見られていれば厄介だが、彼女は今は流鏑馬の準備中だ。
見られる心配はない。


が、佐助はの反応に、驚いて目を見開いた。


言葉は間違いなくすべての意味が伝わった事はわかっている。
争いごとなんて無縁そうなこいつがきつい言葉を、感情を乗せた言葉を正面から受け取って、へなへなと折れる姿を想像していたのに。

下を向いたおかげではっきりとした表情を見たわけじゃない。



でも、この女の口は、間違いなく笑んでいた。



自嘲のものでも、自棄になったわけでもなく。
柔らかく、たおやかに。
とても自然に、綻んでいた。

最初は気がふれたんじゃないかと思うくらい、先程浴びた言葉から想像できない、その場にそぐわない笑みだった。


「…そう、ですね。ごめんなさい。」


笑んだまま、顔を上げる。
自分がよくやる貼り付けたものじゃなく、嫌味でもなく。


しっかりと微笑みを湛えていた。


はっきり言われた事を納得したのかすっきりしたのか。
ありがとうともう一度礼を言い、立ち上がる。
そしてそのまますたすたと歩き出した。

ここでしゃがみこんでいたときよりも幾分かさっぱりとした表情で歩いていく方向は神社ではなく城だった。


これだけ言って、馬鹿かこいつ。


「ちょっと、どこに行くのさ。」

「え?お城ですけど。」


びしりと城を指差して、それ以外の選択肢がない事をはっきり言う女に、あぁ、こういうときの他の選択肢が見えてないところは、猪突猛進な旦那に似てるかもしれないと、苦虫を潰した顔で佐助は呆れ返った。

あぁそうかと思う。
あちらの佐助にとって、この女からの見返りはわからない。
わからないけれど、あちらの佐助が注目する理由が少しだけ理解できた。



予測が不可能なんだ。



だから、注目せざるを得ない。



そして、危機管理が薄い人間だから、当然巻き込まれて…、助けざるを得ないのだ。



少しだけ納得する。
…ただ、俺ならばこんな損にしかならない人間、見捨てるんだけどね。

それでも…佐助からしたら、ここまで絡む方が珍しいという事に、佐助本人が気が付いていなかった。


「…流鏑馬は見ないわけ?」

「私が行っても迷惑でしょうから…。」

「あー!もー!だからそういうのがむかつくんだって!」


自分が言う事を正しいと思ってる人間って、どうして反吐が出るほどにまっすぐ単調なのだろうか。
すとんと桜の木から降り立ち、の腰を掴むと、俵を担ぎ上げる要領で抱える。
さすがにそこまでされるとは思わなかったらしく、じたばたと足を動かして、ようやく抵抗らしい抵抗が生まれた。


「え、ちょ、っと、猿飛、さん!!!?」


言葉を一切無視して、ぐっと腰を落とすと一気に桜の木の上を駆けていった。
桜の波の上を留まることなく駆けていく先は目視できる神社の先、流鏑馬の会場で。

どうして俺様がこんな事まで…と思いはしても、これはあれだ、ちゃんのためだから。
決してこの女のためなんかじゃない。

正直、こういう人間は…消したいと思う。
自分の予想外の事を起こす人間は少ないに限る。
自分の考えるとおりに動かない人間は…とても苦手だ。

ただ…ちゃんと違って、こうやって力ずくの行動で収める事ができる分、彼女よりましかもしれないと佐助は思った。

やっぱりできるならば消したいなぁ…。
そして、その色の失った目をたたえる御首級を佐助の前に突きつけてやりたい。
驚愕に歪む自分の顔がたまらなく見たいなんて、ちょっと趣味が悪いとは思うけど。


「…。」


ふと、その時とある考えが佐助の脳裏を掠めた。
いや、殺すよりももっと簡単に面白いことができるかもしれない…というか見れるかもしれない。

にやりと口元を歪めて、流鏑馬がよく見える、桜の木の上に佐助は降り立った。
一面薄紅に染められた中、緑の迷彩はとてもよく目立つ。
そして、今はもまた鹿の子青地の着物だ。
そんな二人が薄紅の中抱き合って流鏑馬を見学する。

否が追うにも目に入るだろう、参加する佐助から。
動揺するか…どうなるか…想像するだけで笑いが漏れそうだ!

上機嫌でを横抱きに抱えなおす佐助に、思惑をまったく知らないはきょろきょろと辺りを見渡す。


「わ…特等席じゃないですか…。」

「ここなら、ちょうどよく流鏑馬の参加者から目に付きやすい位置なんだよね。」


毎年平時において行われる流鏑馬祭りの警備を任されているから、そんな位置はすべて把握している。

くつくつと笑いながら、ほらあそこと指さす向こうには、栗毛の馬に混じってちゃんの乗る変わったぶちの入った淡栗毛の馬も見える。


「え?じゃぁちゃんから見られるんですか?」

「まぁ、そうだね。」


その前に、狐の仮面を被った誰かさんの視線がこっちに固定されてるけどね。


これが地面だったら、おなかを抱えて笑い転げて、酸欠に陥っていたかもしれない!


木の上でよかったと、笑いを我慢するように口を震わせながら深呼吸した。


「…大丈夫です?誤解されたりしたら…。」

「あんた自意識過剰だね。」

「いや、誤解されていいならいいんですが…。ちゃんから真田さんに伝わって、女子を抱きしめるなんて破廉恥!って拳が飛んできたりしないのかなって。」


そっちかと納得するものの…確かにそれはありうる話かもしれない。

しかし、それをこちらのさんが通じるという事は…こちらも同じという事で。


「………つまり、そっちの旦那はそういう人間な訳ね。」

「まぁ、少なくとも猿飛さんは…こっちの猿飛さんは何度か頬を腫らしているのを見たことありますよ。…主に被害者として。」

「くくく!そんなときにこっちにこれたらよかったのに…!」


旦那の事はどうでもよかったんだけど、ちょうどいい機会と我慢していた笑いを佐助は押し出して上機嫌に笑った。




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