こぼれ話




数メートル先には真田さんの乗った馬、そして私の後ろには猿飛さん。
木陰の中をゆっくりと馬が歩いていく。

数時間前に別れた彼らは上田へと、私達は躑躅ヶ崎へと向かっている。


おそらくは、もう二度と会えないだろう。
あの温泉街に行ったとしても。


そう思うと…昨日の夜、向こうの二人と交わした会話を鮮明に思い出してしまって。


いずれ迫られるであろう選択を、自分は間違わずに選ぶことができるんだろうか?


「ねぇ、猿飛さん。」

「何?」


後ろを振り返ることなく、猿飛さんに呼びかける。


「もし、私が元に戻ることになっちゃったらどうします?」


もし、私が元の世界に戻ってしまったら?
せっかく親しくなれたこの人は…どうなってしまうんだろう?

真田さんはしょんぼりしてくれそう。
私と一緒におやつを食べるのを、話をするのをとても楽しみにしてくれていたから。

お館様もきっと同じ。
夜の宴会相手と話し相手がいなくなったと悲しむはず。



でも、猿飛さんだけはどうなるのかあんまり想像できなくて。



というか、たとえ悲しんだとしても、普段通りにしか行動しなさそう。
きっと悲しんでいることすら周りには悟らせない。
忍びが感情むき出しにしちゃいけないとか、そんなことを言って。


何より、悲しむ姿を想像させて、私を悲しませないために。


帰った後で、私はそんな姿を知る由もないのに、そんなこと言ってそう。
一番器用で不器用な人。

ほら今だって…、


「…悲しむだろうねぇ。」

「え。」


思っても見なかった答えが返ってきて、猿飛さんの顔を見ながら目を丸くする。
素直に…しかもあっさり悲しいって言うなんて意外。
思わず後に続く言葉を失ってしまったじゃないですか。

そんな私に、猿飛さんの苦笑いの声が後ろから降ってくる。


「ちょっと、いくら俺様でもそんな薄情じゃないよ。」

「もっと気軽なお荷物扱いかと思ってました。」


そうやって、簡単に内々に入らせない人だと思ってました。

心底驚いたという声を出したら、逆に質問が返ってきた。


「例えば?」

「いてもいなくてもいい…的な?」


そういう振りをする人でしょう?あなたは。
しかし、その回答は不満だったようで、若干むっとした声がすぐさま降りてくる。


「それこそ薄情でしょ?」

「そうですか?私に後腐れなく選択させるためにそれくらい言うのが猿飛さんだと思ってましたけど?」


例えば…帰るを選択した私を後悔させないために。
私なんていなくても平気なんだよって笑って言う人だと思っていたのだけど。

でもきっとその顔は…あの取り繕った笑顔で。

だからこそ、私には…辛い選択をしたのだとわかりそうとか想像していたのに。

きっと、それはさんも同じで…。
だから、迷っている。



お互いに。



徐々に顔が下がって行く私に、猿飛さんの声はとても明るく聞こえた。


「逆でしょ。全員の意見ひっくるめて考えるのがちゃんでしょ。嘘を言ってまでちゃん自身に選択を迫るとか、その責任を負わせるんじゃなくてさ。そうじゃなくて、少しくらいの責任は負うよ。後悔させな いために正しい意見を言う…が、今は一番正解じゃない?」


今はねともう一度付け加えて猿飛さんが言う意見に言葉を失う。

それも確かに正しい意見。
だから、彼は自分の気持ちは言っても、留める言葉は言わない。


結局…それってですね…


「………それでも、卑怯ですねー。」

「それで一番正しい選択がちゃんならできると信頼してると言ってほしいなー。」


私に委ねることの卑怯さに、彼は気がついていないのだろうか?


それとも…それすら考えた上で、私の感情まで殺そうとしている?


どちらを選んでも後悔するであろう私に、手を差し伸べるために?



なんてこの人は、愚かな人。



そんなに簡単に転んでやるものですか。
もしすっ転ぶんだったら、全員ひっくるめて巻き込んでやる!

猿飛さんはもちろん、真田さんも、お館様もね!


「選択する時って来るんですかね…?もし、もしですよ?」


終わりが見えそうにないこの旅路に、私は後どれだけ足跡を残していけるんだろうか?










「その選択が…もし猿飛さまに委ねられたら、どうしますか?」


入れてもらったお茶を手に、猿飛さまにふとたずねる。

ようやく上田について人心地。
地理的には甲斐のほうが近いであろうから、自分達よりも先にあちらは到着しているはず。
すでにゆっくりしていることだろう。

とても不思議な体験で、誰からも簡単には信じてもらえないであろうことから、詳細な内容は3人の秘密で。
お土産の湯の花を配り終えたところで、ようやく取り繕った土産話からも開放された。

荷物を整理しようと、出てきたのはあの狐のお面で。
それを見た猿飛さまが、さんたちのことをぽつりと話し始めたことがきっかけだった。

周りには、私達の旅行疲れを気遣ってか、誰もいない。
だから…こういうことが話せるのかもしれない。

しばらく沈黙した後に返ってきた言葉は、いつもの猿飛さまの声にしては小さい気がした。


「………そりゃ…ちゃんにどうしたいか聞くでしょ。」

「私に、ですか…?」


すでに帰らないと宣言しているのに?
どうすべきかはすでに出ている答えなのに、それでも問うという。


「だって、俺様の人生じゃないし。そりゃあぁいう契約をした手前もあるかも知んないけどさ。」

「私に聞いたら帰らない選択をするのはわかっていらっしゃるでしょう?」

「うん。でも、やっぱりその場にならないと出ない本音ってあるよね?」

「それは…否定しませんが…。」


それでも…あなたは私という人間を大事にしてくださるんですね。


なんて、幸福なのだろう。
例えそれが、今だけでも…。
本当にそうなったときに、たとえ違うことが起きたとしても。


ここにいてよかったと心の底から思える。


素直に問うてきた彼らのように…やはり、猿飛さまたちも不安に思っているのだろうか。
そして、さんも…私と同じように不安に思っているのだろう。

いつか来る選択が、選択でない可能性も否定できなくて。
例えば選択ではなく強制だったら…?
望んだ選択と異なる場合も大いに考えられて。
ここへ訪れたときがそうだったから、すべて考えられる。


いや、すべてを考えておかねばならない。


だからこそ繋いでおいてと、二人にしたお願いは…紛れもなく自分の願望で。



でも、自分の願望だから…、私はこの人の前では口にできない。



「もし…忍隊頭でもなく、武田軍でも真田軍でもなく、ただの猿飛佐助って言う男の一意見なら、…いくらでも教えてあげるけど?」

「そういって、私の本音を…といっていらっしゃる段階で…自分を殺していらっしゃるじゃないですか。」


ほしい言葉はそれではなくて…。
そして、冗談で言う言葉でもない。
本気の本音なんて…それこそ、私同様にぎりぎりまで言わないのでしょうね。



お互い、本当に頑固ですよね。



苦笑とともにもれそうになる言葉を、今どれだけ抑えているか、知ってらっしゃいますか?


「そりゃそうでしょ。ちゃんの本音と、俺様の願望が同じかどうかわかんないし。」


それを冗談で済ませようと笑う猿飛さまには、本音を読み取れなくて。

否、読み取ってはいけないと、心の奥底で私が叫んでいて。
繋げてほしくて、そして切れ時を思って叫ぶ私は、なんと矛盾しているのだろう。


「………同じ、ならいいのですけどね。」

「それが一番平和だねぇ…。」


猿飛さまが湯飲みをあおり、飲み上げる姿をじっと見る。
ふふと笑う姿は冗談とも本気ともわからずじまいで、そして終わりを告げられたような気がした。

それを物足りないと思ってしまった私は、我慢していたものを一つだけポロリと零してしまう。


「………それは聞かせてもらえないんですか?」

「今言ってほしい?」


ずいと寄ってくる猿飛さまに、壁際に追い詰められる。

しまったと思ったときには遅くて。
ついと細めた目はふざけているときに見せるもの。

ただし、その奥にある真剣なまなざしというものを、自分は悟ってしまった。
この時ばかりはその感覚を呪う。


「………その顔を見ると…聞きたいような…聞きたくないような…。い、いえっ、言わなくて結構ですっ!!」


ま、待ってください…。
そんな話してましたっけ?ってしてましたよねごめんなさいいいい!!

平謝りしたくても、それすら許さないような雰囲気と間隔で。
というか、間というものがすでにない状態で。










抱きしめられた格好で。


しかも自分の顔の横には彼の顔。


自分の耳によせられた唇から紡がれる言葉は、程よい低音で。


若干かすれた声が、彼の思いが言葉になったのだと悟らせるには十分。





「…帰るなよ。俺様の傍に一生いてよ。」





後悔なんてさせないよ?





なんて言葉まで付け加えられて。


「その言い方!!!」


真っ赤になった顔では反論すら意味もなく。


当の昔に逃げ場を失った自分は、陥落寸前。


距離がしっかり埋まるまであと…




 をとってをつけ

       つと鳥居げば

  世是

       とすはかはたまた

りゃんせ




←back next→