「桜祭ですか?」
「そうそう、この通りを抜けたとこに公園あるの知ってるだろ?」
「はい」

注文もお客さんも途切れて一息ついたところで、慶次さんが「来週の日曜日お祭がある」と言いだした。

「祭っつてもこの先の商店街のイベントなんだけどさ。うちの店も出店だすんだ」
「へぇー」

それは知らなかった。去年の今頃はまだここでバイトしてなかったし。

「何売るんですか?いや、ピザなのはわかってますけど!」
まつさんの作るまかないを出してもバカ売れに違いないとこっそり思いながら聞くと、慶次さんが笑って答える。

「ははは。ピザを2、3種類、ピースでさ。ひとつ100円で売るんだよ」
「あ、もしかしてポテト用の箱ってそれですか?」
「そうそう」

昨日、まつさんがポテト用の箱をいくつ発注するか悩んでいたのと、いつになく大量に発注されたそれを疑問に思っていたがそういうことか!
あの箱の大きさなら確かにピースにしたとき丁度いい。

「お店で焼いて持って行くんですよね。大変そう」
「まあ、お店でも焼くけどさ」
「?」
「秘密兵器があるんだよ」

秘密兵器?
慶次さんが楽しそうに笑う。

「まあ、それは当日にお楽しみってね」
「えー、教えて下さいよー」
「まだ内緒」
「うーん。でも、楽しそうですよね!お祭り!」
「あぁ、桜も丁度咲きそうだし。盛り上がるといいなぁ」
「うち以外にも出店あるんですよね?」
「そうだなぁ。去年はアニドとタケダッキーが出てたな。あいつらは外で売るのに向いてるからなー。花見客もいるから結構売れて、忙しいんだ」

常々お祭り好きだと公言している慶次さんは、イベントがあると本当に楽しそうに話す。
その場にいて参加していることが嬉しいって感じ。

「じゃあ、その日にシフト入れたら参加出来ますね!」
「祭の日は忙しいからな。皆に手伝ってもらうよ!」
「楽しそー。任せて下さい」
「おう!」


*****


そして、お祭り当日。

「これが秘密兵器ですか?」

視線の先には、どう見ても普通の移動販売車。
思わず首をかしげた私に、慶次さんがにやりと笑って見せる。

「ただの移動販売車じゃないんだぜ」
「え?え?」

どういうこと?かと聞いても向こうに行って見ればわかると慶次さんは口を割らない。
材料を車に積んで、続けてお店で先に焼いた分のピザを積む。

「よし!準備万端だな!行くか!」

いつもはデリバリーメインで動いている利家さんが、今日はこちらの担当らしい。

「じゃあ、先に行っているぞ!」

そう言って車で先に出発した利家さんの後を追って、公園に向かう。こちらは徒歩だ。

「慶次さんも出店担当なんですね」
「そうそう、俺と沙和ちゃんで今日は販売な」
「え?じゃあ、オーナーが焼くんですか?」
「出店のピザは利にしか出来ないんだよ」

何か特別なピザなのか?
でも、お店で車に積んだ材料はいつも通りのものしかなかったような?
全部載せとか、とか?でも、それなら私でも他のバイトさんでも出来るし、わざわざ利家さんが出てくる必要はないような?

色々考えている間に公園に到着する。公園の駐車場にさっき見た移動販売車が止まっていて利家さんがセッティングを始めていた。
荷台の後ろのほうにピザを焼く窯のようなオーブンが見える。本格的だなぁ。
広い駐車場には他にも屋台や同じような移動販売車が並んでいる。

「おぉ、早かったな。じゃあ、ピザの方を頼む」
「はいよ」

軽ーく返事をして、慶次さんが大きな体を小さくかがめながら車の中に入る。
あれ?利家さんが作るんじゃなかったっけ?
ピザ生地の上にソースを塗り始めた慶次さんを手伝いに入る。何枚か作ったところで、ふとざわめきが気になって顔をあげると車が人に囲まれている。

「え?えぇっ!?」

先に焼いてきたピザを買いに来るわけでもなく、何故か皆一定の距離を保ってこちらを見ている。
そして、その表情は何故か期待に満ちているように見える。

「け、慶次さん!なんか囲まれてるんですけど!」
「おっ!皆集まってきたな。沙和ちゃん、行くぞ」
「え?え?」

訳がわからないまま、車の外に連れ出される。
あ然と見ていると、慶次さんがギャラリーに向けて両手を広げて、大声で話し始めた。

「さあさ、寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!年に一度のお楽しみ!桜祭限定、トシノピザオーナー、前田!利家の!熱きパフォーマンスだよ!」
「さあ!今年もやるぞ!」

利家さんが気合をいれる。パ、パフォーマンス??

「おぉぉぉぉっ!」
「待ってました!」
「今年も期待してるぞ!」

ギャラリーから歓声と拍手が沸き起こる。何が起こるのかとあ然と見ていると利家さんがオーブンに向かって、


火を噴いた。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!まさかの直火オーブン!?」
「沙和ちゃん、そっち?」

私の絶叫もギャラリーの歓声にかき消されてしまう。
慶次さんが笑いながらツッコミを入れてくるが、驚き過ぎてそれどころではない。
大盛り上がりするギャラリーと満足そうな利家さんを見ながら、とんでもないところでバイトしているんだなとちょっと気が遠くなったのは、内緒の話である。



■2013.03.29





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